「ディーゴお疲れさん。さっそくタイトル付けてメディカルトップのエンジニアに送っておいたぜ」
 机に突っ伏して寝ていたら、このセリフとともに肩を叩かれて起こされた。振り返ると、無駄にテンションの高い宮沢が立っていた。何か企んでいる顔だ。嫌な予感がする。
 そこにほのかなローズの香りを漂わせながらレイカが近寄ってきた。
「メディカルトップのエンジニアから連絡が来て、今日の昼頃までに実装するって。そして大規模に広告を打って会員を増やすって言ってたよ。うちの会社でもかなり力入れてるよ」
 ありがたい話だ。この匿名相談アプリは、そもそも相談を受けてくれる医師の登録数が増えないとどうにもならない。匿名で活発な議論をするためには500人は必要というのが、業界の定説だ。

 夜、カンファレンス室で仕事をしていると、レイカが部屋に入ってきた。昼間見たときよりも、髪の色が明るくなっている。どうやら、いったん病院を離れて美容室に行っていたようだ。お嬢様は身だしなみにもスキがない。
「ディーゴ、4時間前に『ディーゴ』がリリースされたよ!」
「ディーゴ!?」
「聞いてないの? アプリの名前よ」
 今朝の嫌な予感は、まさかこれだったのか。急いでメディカルトップのウェブサイトにアクセスする。トップページにデカデカと新サービスの告知がされていた。

医師が考えたリアルタイム症例コンサルティング
DDDDD ディーゴ
Delight Device for Doctors to Diagnose Discreetly
ついに公開!!!

 このネーミングセンスは間違いなく宮沢。そもそもこの英語は正しいのか? しかし、ここまで大々的に告知されたら、いまさら名前を変えるのは難しいだろう。隣の席でニヤニヤしながらスマホをいじるメガネ男を横目に、仕方なく登録画面に進む。

 すると、『ディーゴさん! あなたは既に登録されています』と表示された。今朝、宮沢に起こされた時の嫌な予感は的中したようだ。あの男の手で、既に登録されていたのだ。
「これじゃ匿名コンサルトサービスの意味がないじゃないですか!」
「そんなことよりディーゴ、これええな! サクサク動くで」
 こちらの気持ちなどどこ吹く風でスマホをいじっていた宮沢が、妙な関西弁を使いながら画面をこちらに向けた。どうやらさっきから『ディーゴ』を使っていたようだ。

 題名に『心電図のご相談』と書いてある。心電図の下の青の吹き出し。

軽度の胸部不快感の70代 女性。採血は問題ありませんでした。心筋梗塞じゃないですよね?  4/19 20:42 田舎の総合医

 これが質問者のコメントだ。投稿時間はつい10分前。それに対し、他の医師のコメントが緑の吹き出しで表示されるようになっている。

前胸部でST上がっとるで!すぐに循環器コンサルト!循環器おらんならカテできる病院に搬送や!  4/19 20:48 天才ブチオ

心筋梗塞だと思います。 
4/19 20:55 ドクターY


 確かに、心電図をアップにして見てみると、V1〜V3のST-Tが上昇している。医師国家試験でも頻出の心筋梗塞の心電図だ。どうやらこの「田舎の総合医」というペンネームの医師は、心筋梗塞の所見を見落としていたようだ。

 それより気になったのは、変な関西弁をつかう「天才ブチオ」。宮沢の名前は淵男(ブチオ)だ。
「もしかして、天才ブチオって……」
おそるおそる聞いてみる。
「せやで! ワイや」
 妙なイントネーションの関西弁を使うドヤ顔の純東京人を見ていると、こっちが恥ずかしくなってきた。

 『ディーゴ』は、こうして公開された。果たして、江戸大学病院で続発するカテーテル合併症の解決にも力を貸してくれるだろうか。