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 今日は金曜日。金子教授がカテーテルを実施する日だ。症例は2例の予定だったが、1例に変更されている。

「宮沢先輩、おはようございます。先輩の患者さん、また延期ですか?」
「うん、抗血小板薬を出し忘れててさ。俺にしては珍しく、イージーミスだな。月曜日が空いていたから、そっちに延期にしたんだ」
 いつも通り声は軽いトーンだが、笑顔が少しひきつっている気がする。
「もしかして……」
 しばらくの沈黙の後、宮沢は周囲には聞こえないよう、声をひそめてこう言った。
「…うん。こんなに合併症が続くわけない。やっぱりおかしい。原因が分かるまでは、教授におれの患者は任せられない」
 そう言うと、清潔ガウンを着てカテーテル室に入っていった。


 室内では金子Jr.が患者の首元でゴソゴソしながらスワン・ガンツ(SG)カテーテルを挿入している。今日も汗を大量にかきながら、なんとか無事に終了した。続く右橈骨動脈へのシース挿入は宮沢が軽やかに終わらせた。

 金子教授が入室して、いよいよPCIが始まる。
 今日のカテーテルはいつも以上に慎重だ。左前下行枝という、心臓の左前に走る血管の末梢側(seg7)の狭窄に対してのPCIだったが、ステントを置く前に念入りにIVUS(血管内超音波)で評価する。

(イラスト:持田 大輔)

 術前の冠動脈CTも、何度も表示して確認する。十分に検討してステントを選択した。
 いざステントを置く瞬間。全員の唾を飲み込む音が聞こえる程の沈黙。心電図モニターの音だけが響き続けている。
 ステントを留置した血管の確認造影検査をした時、カテーテル室全体が凍りついたように感じた。

「流れて、いるよね?」
 僕が言うと、ジョージは「流れている。でもステントの末梢側の血流が悪い気がする…」と答えた。

 金子教授と助手の宮沢の小声のやりとりが、口元のマイクを通して操作室にも聞こえてくる。
「OCTしますか?」 
「…いや必要ない」

 宮沢が提案したOCTとは、Optical Coherence Tomographyの略で光干渉断層法のことだ。IVUSと同様にカテーテル治療を行う際の検査法の1つで、冠動脈内の様子を詳細に評価できる(と、昨日読んだカテーテルの本に書いてあった)。簡単に言えば、心臓の周りの冠動脈の血管の中を詳細に評価できる検査だ。通常であれば、おそらくこのような場合にもOCTを行うのだろう。だが、金子教授は険しい顔で黙ったままだ。

 その後は何を話すでもなく、2分程沈黙が続いた。金子教授が患者に呼び掛ける低い声が、カテーテル室に響く。
「はい、無事に終わりました。胸の症状はありますか?」
「なんだか、少しですが胸のあたりがモヤモヤする気がします」
 処置台の上の患者さんは少し弱々しい声で返事をする。間髪入れず、金子教授が穏やかな口調で言葉を掛ける。
「胸の違和感も時間がたてば良くなりますよ。それではこれからカテーテルを抜いて止血処置に入りますね」