※前回のお話(第3話)はバックナンバー欄からご覧ください。

 研修医になって3日目を迎えた。今日は外来診察に同席することになった。陪席の組み合わせは、僕が金子教授、ジョージが岸田先生、レイカが近藤先生だ。「陪席」とは、「身分の高い人と同席すること」であり、学生や研修医が外来の部屋の端っこに座って偉い先生の外来を見学する。大学病院ではよく見られる光景だ。

 僕は学生時代から陪席が苦手だった。基本的に江戸大学病院の外来は患者が多いため、陪席についている学生や研修医の相手などしている暇がないのだ。案の定、この日も僕は夕方まで一言も発することなく、修行のような時間が終了した。

 しかし、1日中黙祷していたのは僕だけだったようだ。

 レイカは女子トークを楽しんでいた。
「渋谷のおいしいお菓子屋さんの話ばかりしていたよ。近藤先生、渋谷のケーキ屋さんのこと私より詳しかった。今週末の女子会ランチに誘われちゃった」

 ジョージは手技をさせてもらっていたようだ。
「1日中ただの見学になってしまうのが嫌だったから、岸田先生に予診取らせてくださいってお願いしたよ。予診さえ取らせてもらえればこっちのもんさ。その患者さんの診察の時にはいろいろ聞かれるし、心エコーまでさせてもらった」
 同じ外来陪席でも、こうも違うものなのか。自分の至らなさが悔やまれる。

「そういえば…」
 ジョージが思い出したように付け加える。
「岸田先生の外来で1つ気になったんだけど、教授と岸田先生って仲悪いのかな? 他の循環器医には院内PHSで直接連絡を取るのに、金子教授とは電子カルテ上でメッセージをやりとりするだけだった」

 確かに、僕が来てからまだ3日目ではあるが、教授と准教授の2人が会話しているのを見たことがない。昨日カテーテル室でバタバタしている時にも助ける素振りがなかった。険悪な関係なのだろうか。


 午後、ナースステーションで、ジョージが首を捻りながらパソコンと向き合っていた。
「どうしたの?」
 僕は、横から画面をのぞき込む。どうやら先日カテーテル室で録画された動画を見ているようだ。
「あ、いや、ちょっとな…」
 ジョージは画面をにらみつけながら、次々と動画を再生する。
 しばらくすると僕の方を向き、「やっぱりおかしい。ステントを置く瞬間の動画がどれも残っていない」とつぶやいた。
「どういうこと? ステント置く瞬間って撮影しないといけないの?」
 まだ循環器内科の研修がはじまったばかりの僕には、理解できない。
「うーん」
 優秀とはいえ、ジョージも同じく研修医1年目。腕組みをして少し考えていると、ガムを噛みながらこっちに歩いてくる白衣の男が視界に入ってきた。
「こういう時は知っている人に聞くのが一番。宮沢先輩!」
「おお、どうした?」
 宮沢がクチャクチャとガムを噛みながら近寄って来た。
「先週金曜日のカテーテルの動画ですけど。おかしくないですか?」
「動画が“どうが”したのか? ガハハハハ」
 オヤジギャグを言いながら電子カルテの前に座った宮沢だったが、動画を見せると顔色が変わった。画面をにらみつけながら、次々と再生する。
(こんな表情もするのか…)
 宮沢が真剣な顔をしているだけで、なんだか新鮮だ。

 一通り動画をチェックすると、宮沢はこちらを振り返り、険しい表情のまま言った。
「ジョージの言うとおりだな。おかしい。一番大事な瞬間、つまりステントを置く瞬間の動画がどれも残っていない」
 ここまで聞いても事の重大性が分からない僕は「撮影し忘れたんですかね?」と聞いてみる。それに対し、宮沢は少し声を荒げてこう言った。
「そんな初歩的なミスはあり得ない。助手で入っていたのは金子Jr.か…。いや、でもそんなミスはないはずだ」
 宮沢は、遠くをジッと見ながら言葉を続けた。
「機械の不具合か、それとも誰かが意図的に消したのか…それとも金子Jr.の単なるミスか……」

「メインサーバーはどこですか?」
 僕の質問が意外だったのか、宮沢は驚いた表情でこちらに目を向けた。が、すぐに思い出したように
「そうか、ディーゴはパソコン部だったな。確かにメインサーバーを確認すれば何か分かるかもしれない。ディーゴは医者としてはまだ全く使えないけど、1つくらいは取り柄があるもんだ」と言った。
 …褒められたのだろうか。この人はいつも一言余計だ。
「メインサーバーはカテーテル室にある。行ってみよう」
 宮沢の言葉に従い、3人でカテーテル室に向かうことになった。