カテーテル室に到着。症例は74歳男性、労作性狭心症。朝のカンファレンスで得た情報では、今日は、心臓の周りにある3本の冠動脈のうち、左前に向かって走る左前下行枝の狭窄に対して治療を行う予定だ。

 カテーテル室では、第二助手の研修医2年目の先生が、右手首の橈骨動脈にシース(カテーテルの血管内への入り口を作る鞘)を入れているところだった。

(イラスト:持田 大輔)

「研修医がするのは血管穿刺とシースを挿入するところまでね。たまに“シースー”って語尾を伸ばすやつがいるけど、それが許されるのはザギンのチャンネーだけな」
 宮沢は満面の笑みで僕の肩を叩いてくる。だが笑っているのは宮沢本人だけで、周囲の医師や放射線技師との温度差が激しい。さすがに空気に気づいたのか、笑うのをやめ、説明を続けた。
「そこからカテーテルを心臓まで進めて冠動脈の造影検査するのは俺たち若手医師、実際にステントを置くのは上級医の先生たちなんだ。大学病院じゃなければ若いうちからバンバンやらせてもらえるんだけどな」
 さっきまでのテンションが嘘のようにかなり寂しそうな表情だ。その理由が、手技をやらせてもらえないからなのか、それともギャグが滑ったからなのかは分からない。

 清潔なガウンを着た岸田先生がカテーテル室に入っていった。テレビドラマのように、胸の前で手の指を全てピンと伸ばしている。
 そこからの手技は、素人目に見ても圧巻だった。
 背後から見ると体をクネクネさせているようにしか見えないが、ガイドワイヤーは滑らかに心臓の血管の中を通っていく。宮沢が「一番上手なのは間違いなく岸田先生だね」と言うのも納得の腕だ。カテーテル室の天井にはカメラがついており、手元が見られるようになっている。画面に映る指先はまるで楽器を奏でているかのように軽やかに動いていた。

 突然、静まり返っているカテーテル室に高い声が響き渡る。
「はい、ここからみんな静かにして下さい!」

 どうやらステントを病変部に留置するようだ。小刻みに動いていた指先が突然止まる。
「はい、インフレーション!」
 また甲高い声が室内に響く。

「2、4、6、8……10気圧です」
 助手の先生が何かを回しながら数字を声に出している。室内の画面にカウントが表示された。20秒たったところで、
「はい、デフレーション!」
 同じことを3回繰り返す。

 僕たちがあっけにとられて見ていると、宮沢が小声で詳しく解説してくれた。
「今やっているのがステントという金網の中のバルーンを、血管内で膨らませてしっかり広げる処置。『インフレーション』ってのは『拡張、膨張、上昇』って意味ね。で、あの助手の先生がくるくる回していたやつで風船の圧を見ながら拡張するの。時間は10〜30秒、回数は2〜3回やることが多いかな」。
 短すぎれば広がらないし、長過ぎれば血流が途絶える時間も長くなるわけだから、心筋梗塞と同じ症状が出てしまう。そのさじ加減は、術者次第だという。「デフレーション」はインフレーションの逆で、圧を下げて風船を萎ませることだ。循環器内科の研修初日の僕にも理解できる説明だった。

 僕は1つ、質問をしてみる。
「ステントって何種類あるのですか?」

「えーっとね、SienceにAgari、Process……うちで採用しているのは5種類かな。サイズはそれぞれ直径が2.5〜4.0mm、長さが15〜40mmくらいまであって30種類くらい。つまり、全部で150種類くらいあることになるね、数えたことないけど。ほら、あそこを見て」
 宮沢が指さした先はカテーテル室内の奥。壁一面に昔のレコード針の箱のようなあの箱が200個くらい並べてある。岸田先生の部屋で見たコレクションの2倍くらいはありそうだ。

 いろいろ教えてもらっている間に、1例目のカテーテルは無事終了していた。助手の先生がカテーテルを抜去して止血処置をしている。どこかで見たような後ろ姿だ。若そうだが、ズングリムックリな体型。
「あの助手の先生は誰ですか?」
 すると宮沢は少し驚いた様子で
「ディーゴ、あの先生知らないのか?金子秀優教授の息子の金子凡平先生だぞ」と答えた。
 金子教授の息子が同じ循環器内科にいるとは初耳だ。

「オフレコだけど…」
 宮沢は、いつもの決まり文句の後にうれしそうに付け足した。
「息子の方は、前は金子Jr.って呼ばれてたけど、最近は平凡先生って言われてる。もちろん、本人の前で“平凡”って言葉は禁句な」
 そんな噂話をしながらニヤニヤしていた宮沢だが、次の瞬間、さっと真剣な表情になった。
「これから3例続けてカテーテルだから、ここで見学しておいて」
 僕らにそう言い残し、そのまま清潔なガウンを着てカテーテル室に入っていった。この男の切り替えの早さは天下一品だ。

 その後は、研修医3人でそれぞれ勉強のために持ってきた医学書を広げながら、操作室のイスで過ごした。部屋を出るタイミングが分からず、昼食を取れないままその日の予定のカテーテルが終わる夕方16時まで見学を続けた。そもそも、宮沢も食事休憩を取っていない。改めて、医者という職業はハードな仕事だと痛感した。

 僕たちの研修初日は特に問題なく終了した。翌日、このカテーテル室で再び悪夢が繰り返されるとは、この時誰も予想していなかった。

※「DDDDD〜ディーゴ〜」は毎週月曜に掲載します。