※前回のお話(第1話)はバックナンバー欄からご覧ください。

 4月11日月曜日。今日は循環器内科での研修初日だ。僕たち研修医同期3人は1階の売店で朝6時45分に待ち合わせ、循環器病棟に向かった。カンファレンス室は、まだパラパラとしか人がいない。僕は、菓子パンを食べながら電子カルテを開いている宮沢を見つけた。
「宮沢先輩、おはようございます」
「おはよう。初期研修医たちは一番端っこに座ってて。あとディーゴ、白衣の前のボタンはしめておいたほうがいいよ。うちの医局、そういうとこ厳しいからさ。じゃ、ちょっと病棟の患者さん達見てくるから、また後でな」
 菓子パンをくわえたまま部屋を出て行く宮沢を見送りながら、ふと思う。どうやら僕、出井大吾の呼び名が学生時代から引き続きディーゴで定着することは避けられないようだ。それにしても、時計は6時55分を指している。今から病棟に行って、7時からのカンファレンスまでに戻ってこられるのだろうか。

 6時59分に、金子教授と岸田先生が到着。7時きっかりにカンファレンスが開始となった。案の定、宮沢はまだ戻って来ない。カンファレンスは金子教授の挨拶から始まった。
「皆さんおはようございます。暖かくなってきましたが、朝はまだまだ寒いですね。ところで、金曜日のカテーテルの人の容態はいかがでしょうか?」
 これに医局長の近藤先生が答える。
「週末はCCU管理としました。血圧は低めですが、特に昇圧剤などは使用せず、経過は良好です。本日一般病棟に戻る予定です」
 奇跡のアラフォーは相変わらず今日も化粧っけがないが、髪は明るく、しっかりパーマがかかっている。
「そうですか。では引き続き主治医の先生はベストな治療を続けて下さい。それではカンファレンスを始めます」

 カンファレンスは、最初に新規入院と今週のカテーテル予定の患者さんのプレゼンテーションがある。その後にCCU入院中の重症患者さん、そして最後に一般病棟の患者さんのプレゼンが続く。宮沢はというと、10分程遅れて、こっそりカンファレンスに参加していたが、日常茶飯事なのか、特に誰も気にしていない。外来がある先生などが少しずつ抜けていき、9時前にカンファレンスが終わった時には若手を中心に半分程度になっていた。

 最後に、進行役の近藤先生が
「はい、これで今日のカンファレンスを終わります。今日から初期研修医の先生3人が来ています。自己紹介をお願いします。もうカテーテルが始まる時間だから名前だけ」と僕たちの方を見た。
 その言葉に促されるように、僕たちは3人で立ち上がり手短に挨拶した。
「寺西ジョージです。よろしくお願いします」
「出井大吾です。よろしくお願いします」
「早乙女麗華です。よろしくお願いします」

「はい、先生達は仕事を少しずつ覚えてください。今後の注意点は後期研修医の宮沢先生に聞いてください。解散」

 みんなが一斉に立ち上がり、カンファレンス室を出て行く。部屋には僕たち3人と宮沢だけが残された。


 3人と向い合って座った宮沢は、ポケットから取り出したブラックサンダーを食べながら、「えーと、岸田先生から大体の話は聞いたんだよね?」と切り出した。
「はい。とは言っても集合時間くらいですが……」と僕が答えると、宮沢は「とりあえず、月・木は7時、他の日は9時までに病棟の朝の仕事を終わらせておいてね。カテーテルだけど、今月は操作室で見学、来月からは清潔ガウンに着替えてサードの横、第三助手に入ってもらうよ。ファーストが術者、セカンドが助手、サードが第二助手ね。つまり研修医1年目の仕事は…助手の助手の助手だな」と言った。
 どうやら、今月はカテーテル室に入ることもできないらしい。手技をやりたいジョージが露骨に肩を落としながら、「研修医がカテーテルに入る時に、気を付けることってありますか?」と質問する。金曜日にカテーテル室であんなバタバタした光景を見たばかりなので心配になるのは当然だ。
「そうだね。清潔操作に気を付けるくらいで、ほかは特にないよ。道具を受け取ったりカテーテルに水を通したりする程度だからね」
 僕とレイカはホッと胸をなで下ろす。

「そうそう」と、思い出したように宮沢が追加で忠告する。「術者は火・金が金子教授で月・木が岸田先生なんだけど、岸田先生の手技中は私語厳禁ね。かなり神経質なんだ」
「へー、おおらかそうな人でしたけどねー」
と僕が呟くと、
「いや、見たまんま神経質だろ!」
と3人に同時にツッコまれた。

「ディーゴって昔からそうだよな。ディーゴの目のフィルターを通すと、みんないい人」
 宮沢はツボにハマったらしくゲラゲラ笑っている。1分近く笑って少し落ち着いたのか、ポケットからチョコパイを取り出して頬張り始めた。 この人の白衣のポケットは、四次元につながっているのだろうか?

「で、他に質問はない?」
 宮沢のこの発言に、ジョージが手を挙げる。
「大学病院で、カテーテル手技が一番上手いのは誰ですか?」
「一番上手なのは、間違いなく岸田先生だね。PCIだけでなく、BAV、TAVI、ASO、その他の手技もなんでもできるからね。後ろから見てると体をクネクネさせて気持ち悪いけど、指先の動きはすごいよ。プロ中のプロ。若い頃から“カテの岸田、カネの金子”って言われ……あ、これオフレコね!」
 相変わらず、わざとではないかと思うくらい口を滑らせる男だ。
「でも金子教授もすごいよ。外来もカテーテルもこれだけこなしている教授なんて、全国探しても他にいないんじゃないかな。とは言っても患者さんはVIPばっかりで、実は袖の下目的って話も…おっと、これもオフレコね」
 どうやらこの男、うっかり口を滑らせているわけではなさそうだ。
「そろそろカテの時間だ、カテーテル室に行こう」
 散々口を滑らせて満足したのか、宮沢は満面の笑みで立ち上がって歩き出した。今度はポケットからフリスクを取り出し、口に4〜5粒放り込んだ。