「前胸部誘導がST上昇しています!」
「Slow flow1)です!」
「末梢が造影されません!TIMI Grade 12)!!」
 聞き慣れない専門用語が飛び交うカテーテル室内に、術者である男性医師の慌て声が響く。
「まずはニトプロを静注します。その後にIVUS3)で確認しましょう。血圧も低めですね。念のためIABP4)も用意しておいてください」
 ゆっくりとした、落ち着いた声。一瞬でカテーテル室をカオスからコスモスへと転換させたその医師の名前は金子秀優。江戸大学病院循環器内科教授である。

 金曜日の午後。1週間にわたる病院全体の新人説明会のオリエンテーションが終わり、来週から初期研修医として循環器内科を回る予定の僕、出井大吾は、同期の2人と一緒に、挨拶のために医局を訪れた。金子教授がPCI5)中とのことで、カテーテル室に案内されたが、挨拶どころではないことは誰の目にも明らかだ。
 情報を聞きつけたのか、続々と院内の循環器内科医が集まって来ている。すぐに10人以上の医師が集まるところは、大学病院のメジャー科ならではだろう。
 女性医師が電話を掛けながら部屋を飛び出すと同時に入ってきた医師の中に、僕は見覚えのある顔を見つけた。江戸大学医学部のテニス部の先輩である宮沢淵男(ぶちお)だ。お互いほとんど練習に参加しない、いわゆる幽霊部員だったこともあり、テニスの試合中はよく観客席に並んで応援していた。大学時代、僕はパソコン部、宮沢は軽音サークルに没頭していたのだった。

(イラスト:持田 大輔)

 当時から変わったのは、顔や腹に肉がついたことだろう。医師になって痩せる人と太る人がいるが、宮沢はどうやら太るタイプのようだ。短髪だった髪も無造作に伸ばし、横に流している。ちなみに宮沢は総合診療科の後期研修医だが、今は循環器内科医として働いていると言っていた。
 挨拶どころではないこの状況で手持ち無沙汰だった僕だったが、どうやらこの気まずい雰囲気を打破することができそうだ。話しかけるタイミングを図りながら少しずつ近付く。すぐ隣まで行き、いざ話しかけようとした時、「またか…」と宮沢が呟いたのが聞こえた。
(また…??)
 話し掛けるタイミングを逃した僕は、厳しい顔でカテーテル室の中を凝視している宮沢の横顔を見ながら、その場に立ち尽くすしかなかった。沈黙が続く操作室。バタバタと人や物が動くカテーテル室内とは対照的だ。

 と、その時、
「すみません、来週から循環器内科をまわる予定の初期研修医1年目の寺西ジョージです。ご挨拶に伺ったのですが、このまま見学していてもよろしいでしょうか?」
 一緒に来ていた研修医同期の寺西ジョージが突然言葉を発した。
 彫りの深い端正な顔立ちから容易に想像できるが、ジョージは米国人と日本人のハーフだ。ただ、ジョージが幼い頃に両親が離婚してからは、母親と2人、日本で暮らしていたため英語はほとんど話せない。高校の頃の一番苦手な教科は英語で、そのせいで2年も浪人したという信じがたいエピソードの持ち主だ。また、細身の体が災いしてか、病弱だ。学生時代、6年連続でインフルエンザを罹患したという虚弱体質の記録を持つ。しかしこういう場でも物怖じせず話し掛けることができるのは、やはり米国の血が半分流れているからだろうか。
 宮沢も、ジョージの発言で初めて僕達に気付いたようだった。
「うん、いいよ。そこの椅子に座ってて」
 そう言ってすぐ、眼鏡の端に僕を捉え、
「お、ディーゴじゃん!そういえば循環器内科スタートって言ってたね」
と声を掛けてきた。
「お久しぶりです。よろしくお願いします!ただ、病院でディーゴはやめて下さい…」
 そういえば、僕にディーゴというアダ名をつけたのはこの宮沢だ。デイダイゴでディーゴ…。6年前、テニス部の新入生歓迎コンパの時に即席で付けられたアダ名だが、これで大学生活6年間の呼び名がディーゴで定着してしまった。
「ごめんごめん。病院では出井先生って呼ぶことにする。ところで、いま何が起こっているか分かる?」
 宮沢に問われ、全く理解できていない僕はジョージに助けを求めるような視線を投げ掛けた。
「冠動脈にステント6)を置いていたのは分かるのですが…」
 さすがのジョージもボソボソと歯切れが悪い。そこへ、後ろから小さいながらも透き通った声が聞こえてきた。
「distal emboli7)でしょうか?」