合わせて、全国にも支援を要請したところ、状況は数日で一変しました。DMATなど各地からの支援チームが続々と駆けつけてくれて、岩手、宮城、福島の3県に一時は1万5000人もの医療チームが集まるという状況になりました。現地で受け入れる側も指揮系統がパンクし、せっかく来ていただいたチームに「すみませんが、お帰りください」とお願いすることもありました。

 県の災害対策本部との検討で、エリア分けに当たっては、短期派遣のチームにはご遠慮いただくことにしました。「せっかくの支援の意思を断るとは何事だ」とネットの掲示板でもたたかれて、正直悩みましたね。非常時の混乱ゆえだったとはいえ、そういった支援チームの方々には本当に申し訳なかったと思います。

 支援チームの活動全体を誰が統括するか。被害が非常に広範だった今回の災害で明確になった課題と言えます。

公平 東北大からの派遣も控えることになったんでしょうか。

里見 そういう状況になりましたから、当院からの派遣は、医療スタッフが足りないことが具体的に確認できた地域だけにとどめ、被災地からの患者の受け入れに力を注ぐよう、フェーズを変えました。この非常時に臨んで、東北大病院はどんな患者でも「分かりました」と受け入れることにした。

 そうなると、被災地に行きたいと手を挙げる多くの医師に対し、はやる気持ちを抑えることが僕の役割になりました。「被災地の医療機関が今一番望んでいるのは、重症患者の受け入れだ。地味に見えるが、後から必ず評価される」と。

公平 南三陸町に入ったイスラエルの支援チームはメディアでかなり紹介されました。里見先生はチームが入ることに猛反対されたとか。

里見 極言すれば、災害時の急性期医療に言葉はいりません。DOAの状態、目に見える外傷や症状への対応は万国共通ですから。急性期のニーズが大量にある場合には、どこからの協力でも歓迎すべきです。

 しかし、今回は違った。医療ニーズは直後から慢性疾患が主体で、丁寧な問診が求められます。その上、家族や知り合い、家も財産も失ったという精神的にも大きなダメージを負った被災者に対し、通訳を介しての診療を行うのか。(宮城県の)村井知事にも強く反対しました。

 政治判断もあったようで、結局チームは入りました。派遣されたスタッフに非はないし、持ち込んでくれた装備は立派だった。X線やエコーに加え、ICUやNICU用の機器も備えていた。中核機関の公立志津川病院が壊滅的被害を受けた南三陸町にはありがたかったと思います。

 ただ、それを見ていたら、別の意味で悔しくなってきてね。なぜ、この装備を、先進国であるはずの日本が自前で調達できないのかと。

被災地への旅費支援を国に要請

里見 実は僕自身は、津波の被害を受けた沿岸部には発生からしばらく行っていなかったんです。現地に行っても迷惑をかけると思って。だいぶ落ち着いてきたと聞いて、ようやく5月下旬、石巻に行って、津波被害の状況をこの目で見てきました。

 「どうすんだよ、これ?本当にここに町ができるの?」。実際に目の当たりにした風景に、正直、絶望感を覚えました。「復旧ではなく復興を」なんて、軽々しく口にはできないなと思いましたよ。南三陸町などはもっとひどいと聞いているし。