医師のうつ病の背景にあるのは、臨床への恐怖やいじめ、過度な忙しさ―。どんな医師にとっても「人ごと」で片付けられる話ではない。vol.1に続き、うつ病を経験した医師たちに話を聞いた。


Interview:2
「患者を殺してしまうかも」 その恐怖からうつに
30歳代女性、内科医●2004年に西日本の国立大医学部卒業後、関東の私立大学小児科に入局。1カ月でうつ病を発症。4年目に転科し、卒業大に戻る。
 私がうつ病を発症したのは大学卒業後、縁のない大学の小児科医局に入局した直後のことでした。
 入局初日から担当のオーベンは海外学会に出かけ、3週間一人ぼっちに。ほかの先輩は忙しく、教えを請える状況にはありませんでしたから、何も分からないまま、右往左往していました。
 一人でもがいていたとき、患児へのフェニトインの静注を、たまたま一人残っていた私が担当。抗てんかん薬であるフェニトインは心電図をモニターしながら投薬する決まりになっていたのですが、知らない私はそのまま投与してしまいました。その時はトラブルこそなかったもの、「周囲のサポートが手薄な状態では、いつか患者さんを殺してしまうかも」との恐怖が心に刻まれてしまったのです。
 恐怖心を抱きながら日々をすごす中で、段々眠れなくなりました。ですが、学ぶべきことも多くありましたし、「1年目とはそんなもの」と思い、うつ病になっているとの自覚は全くありませんでした。
 ある日、無意識に泣き出してしまった私に周囲が気付き、休職して治療することになりました。4年間はその大学で働きましたが、今は馴染みのある土地に戻って内科に転科、抗うつ薬を服用しながら健診などに従事しています。
Interview:3
先輩からのいじめでうつを発症 3年で医局を離れる
40歳代男性、リハビリテーション医●93年に地方大学を卒業後、他大学の胸部外科入局。関連病院に派遣されたが、うつ病を発症し、3年で医局を離れる。その後、診療所で働きながら認定産業医の資格を取得。現在はリハビリテーション医として約100床の一般病院に勤務する。
 うつ病発症のきっかけは、先輩医師から受けたいじめでした。
 他大学の胸部外科へ入局し、直後に関連病院に派遣されて半年が経った頃、部長から手術に入るよう指示されました。通常は手術に入るまで1年かかるため、先輩にはこれが気に食わなかったようです。以来、カルテの書き方から手術室での立ち居振る舞いまで事細かに注意され、執拗に罵倒されました。
 そんな状態で勤務を続けたところ、手術に入り始めて半年後には朝起きられなくなり、家を出るのが億劫になりました。出身校の精神科医に相談したところ、休むように言われましたが、勤務日を減らして出勤を継続。今思えば、あの時に1カ月休職していれば、その後はまた違っていたかもしれません。
 結局3年目で転科したものの、一線を離れた不安などから2年後の冬に再びうつ状態に。精神科でうつ病と診断され、1カ月自宅療養し、通院治療を受けました。
 異変を感じたときに休むことをためらうと、長引く恐れがあります。うつを認識したときは1カ月でも休職して、気分転換になることをやってみるだけでも随分違うと思いますね。私の場合は、それがランニングでした。

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