高岡 宮澤さんが始めた募金活動は、日本医大の方々が中心の活動に加えてもらったものだったので、キャンパスに近い上野を中心にした取り組みでした。でも私は実家が千葉なので、東京だけでなくて、もっと募金の範囲を広げていきたいなと考えるようになって、日本医大の方にも相談して千葉に住んでいる方々に協力を仰いで、医学生主体の募金活動を千葉でも立ち上げました。

 福島からも関東出身の人が戻ってきていたので、メーリングリストを通じて呼びかけたら、そういう人たちも参加してくれて。福島医大だけでなく、県人会のメーリングリストや地元の友達のネットワークも使って参加者を募集していきました。

―募金活動をやってみての手ごたえはいかがでしたか。
宮澤 結論から言うと、やって良かったなと思いました。「募金=お金を集める」ことだけじゃなくて、町の人に直接メッセージを訴えかけるという面ですごく大きな意味がある活動だと知ったんです。

 涙ちょちょぎれながらで、ちょっと自分を制御できない部分はあったんですけど(苦笑)、そのおかげで自分も立ち直れたという側面がありました。日本医大の方々に福島の現状を自分の口から直接伝えられたことも、意味があったと思います。

高岡 そうですね。声を掛けたのは関東の医学生だったんですけど、現地に行って医療活動をしたいと思っていた人が結構いたんです。でも、交通手段もまだ一般には確保されていませんでしたから、医師の資格がない学生が被災地に入れる状況ではありませんでした。

 「人の命を救いたい、困っている人を助けたいという思いで医学部に入ったのに、何もできない」と、悔しい思いをされていた人たちも、みなそれぞれに伝えたいことがあったと思います。一緒に活動できて、本当に良かったです。

震災を経験して考えた進路
―(5月上旬の)今は、ほぼ落ち着かれたんですか。

大谷 振り返ると、震災発生から2週間ほどが本当に大変だったですね。大学病院の外来は、3月22日から一時的に、24日には通常通りに再開しました。手術もその辺りから再開し、4月からは通常の診療体制に戻りました。

―こうした経験をして、進路や将来についての考えに何か変化はありましたか。

宮澤 実家がある岩手と大学がある福島はどちらも被災県なんですが、どうしても、岩手の状況の方がより気にかかりますね。正直、少し複雑な思いを抱えています。

 ただ、私たちの世代が日本の医療をいずれ担うんだから、将来にわたってこの経験を生かしていきたいとは強く思います。その意味でも、私は東北の沿岸部の医療にかかわっていきたいと考えています。

高岡 私は募金活動を通じて、学生である自分にもやれることがあると学ぶとともに、いろんな人に呼び掛け、みんなで力を合わせて何かを成し遂げるということの可能性をすごく感じました。

 原発事故や地震、津波の被害に遭ったところでは、医療関係者をはじめ、いろいろな人たちが恐怖と戦いながらずっと向き合っていたわけで、私も将来そういった医師になっていければいいなと、強く思っています。

垣野内 医療の世界って、免許のある・なしでものすごく変わってしまうということを強く認識しました。僕も1年後に医師になったら、そういう重い責任を担わないといけないんだな、しっかりしなきゃと、医師になることの重さを改めて感じました。

 大学と周辺で、仲が良い人がいろいろと増えてきていて、卒業後もできれば福島に残りたいです。でも、親からは帰ってきてほしいと言われていて、今すごく悩んでいます。これから親をきちんと説得するつもりです。

高木 具体的な志望は決めていないんですけれども、やっぱり福島に残り、福島市かいわき市で働きたいと思っています。

―授業の再開が5月と、通常より1カ月ずれましたが、6年生の方々は国試対策に影響はありませんか。

垣野内 ずれた分、夏休みは短くなるかもしれないですね。夏休みに勉強の遅れを一気に取り戻そうと考えていた人は苦労するかも。

宮澤 あっ…。 今、気付きました(汗)。