福島第一原発事故の発生で、原発に近い相双地区の医療機関から福島県立医大に多数の患者を転送。研修医で組織する初期治療チームが初期対応に当たった。(提供:福島県立医大医療人育成・支援センター)

─医師1年目にこのような非常事態を経験し、これからのことなど、考え方は何か変わりましたか。

菅野 もともと福島の地域医療に貢献していきたいと思っていましたが、その思いはより強くなりました。また、薬や機器、電気がなくても診療できたり、聴診器1本でも健康状態をきちんと把握するなど、非常事態にも対応できるような幅広い診療能力を持ちたいと改めて思いました。

五十嵐 僕はボランティア活動などに積極的に参加するタイプではなかったんです。でも、駆けつけてくれた先生方の姿を見て、自分も非常時に役に立てる医師になりたいと強く思いました。もちろん、こんな大災害は二度と起きてほしくないですが、次に起こってしまったら、自分も何かの役に立てる能力を身に付けていきたいと感じました。

 そのためにも、やはり日々の診療をきちんとやっていくのが一番だと思っています。もともとプライマリケア志向ではありましたが、1人であらゆる事態に対処できる力を持ちたいですね。

大久保 上の先生やコメディカルの方々が、あの緊迫した状況の中で医療に向かう姿勢を見ることができたのは、非常に大きな経験だったと思います。うまく表現できないんですけど、いつもと雰囲気が全然違いました。大変だったんだけど、医師としての自分の役割をすごく考える時間でもありました。

菅野 今は循環器内科で研修中なんですが、そこで出会った患者さんに、心カテが終わって病棟に移動している最中に地震に遭ったという方がいました。その方は牛乳屋さんで、退院はしたものの、牛乳が出荷できなくなって大変だったと聞いていたんです。

 すると先日、震災後から休んでいたソフトクリーム屋さんを再開したと、わざわざ連絡をくれました。上の先生方と数人で行ってみたら、行列ができていて…。大きな問題はたくさん残っているんだけど、日常も少しずつ戻ってきているんだと感じて、ジーンと来ました。

─初期研修後の進路はどうお考えですか。

菅野 福島医大に残って、循環器内科に進みたいと思っています。福島市内の避難所には、沿岸の被災地から来ている方もかなりいらっしゃいます。避難所の生活だとどうしても体調を崩される方が多くて。食事のバランスが崩れたり、ストレスとかで入院になる患者さんもたくさんいる。そうした人たちをきちんとケアしていきたいと思っています。

五十嵐 へき地に出たいと思っています。もちろん、大学に残って専門を1つ持ちたいという思いもあるのですが、その前にまずは全般を診られる医師になりたいなと。福島県内であれば、会津地方かなと考えています。

大久保 私は正直、まだ迷っています。救急には興味があって、昨年の秋にはDMATの模擬演習を受けて、トリアージの訓練などは一応経験したんです。(宮城県の)石巻赤十字病院のようなすごい混乱の中で対応したわけではありませんが、訓練を少しでも生かすことができたのは貴重な経験でした。研修医の中では当然、動揺や混乱はありました。でも、このような状況で福島医大に今いることの意味を、将来のビジョンと共に、もう少ししっかりと考えていきたいと思っています。