岡田 豊 Yutaka Okada
第51次南極観測隊 越冬医療●1990年北里大学卒業、岡山大学第一外科学教室に入局。その後、いくつかの勤務先を経て、2002年から09年まで沖縄県立八重山病院付属西表西部診療所。09年11月より現職。

第51次南極地域観測隊の越冬隊に参加中の岡田氏。後方に昭和基地が見える。2009年11月24日から2011年3月19日まで滞在する予定だ。

 南極の大地に立つことは、岡田豊氏の小さいころからの夢だった。「ロアルド・アムンゼンやロバート・スコットの南極点への到達競争、白瀬矗(しらせのぶ)の南極探検などの話に触れるたびに、絶対に行きたいと…」

 そんな岡田氏は大学卒業後、消化器の外科専門医として11年間勤めたが、プライマリケアの道を究めるため、西表島の診療所に赴任した。7年後、島で南極越冬隊の一般公募を知る。「『7年にわたる離島医療の経験を南極で試したい』『夢だった南極に行きたい』という2つの願いをかなえたいと思いました」

昭和基地の全貌。夏に撮影したため、南極大陸の大地が姿を見せている。第51次南極地域観測隊は夏隊34人、越冬隊28人で構成される。(写真提供:岡田氏)

外科医ながら、歯の治療も
 岡田氏は2009年11月に第51次南極地域観測隊員となり、現在、越冬隊の一員として南極にいる。総勢28人で、医師は2人だ。

 「基地内に医務室『温倶留(おんぐる)中央病院』があり、日曜日以外の週3日の診療を交代で担当します。けがなど急病人への対応や、高血圧などの基礎疾患を持つ隊員の定期フォローが主たる業務です」。だが、元々厳しい身体検査をパスして選ばれた隊員なので、急性疾患はあまり発生しない。そのため、「除雪や野外活動など、他の部門がやる体力仕事を自主的に手伝っています」

 とはいえ、南極ならではの厳しさはもちろんある。「冬の南極大陸は猛吹雪のためヘリは使えず、重症患者が発生しても他の医療機関へ搬送できません。すべてを自分たちで治療しなくてはならず、大変な覚悟が必要です」。また、極夜(太陽が沈んだ状態が続く現象)により生活リズムが不規則になりがちな時期は、精神的面のケアが欠かせない。そのほか、歯の治療も岡田氏らが行う。

 越冬隊の医師になるには、毎年11月に国立極地研究所から案内される一般公募に応じ、合格するしかない。「医師枠2人の内、どちらかが手術できる必要があり、過去の例を見ると外科系が最多です。他科の医師もいますが、手術ができるプライマリケア医が一番向いているでしょう」

 オーロラや大雪原など、大自然を感じながら、究極のプライマリケアを実践できる南極。「医療以外の仕事の経験や他職種の方との交流を含め、南極で得たことは今後の医師人生の糧に、きっとなるはずです」

脚を骨折した患者を野外で治療する様子。昭和基地の管理棟内に医務室「温倶留(おんぐる)中央病院」がある。手術室も完備されており、全身麻酔下での処置も可能だ。