今回は、ネットの記事ではなく、ある書籍を紹介したいと思います。

 ご存じの方もいらっしゃると思いますが、「救児の人々」(熊田梨恵、ロハスメディア、2010年刊)という本です。約1年前に出版され、1カ月間、Webサイトで全文を無料公開していました。

http://lohasmedical.jp/blog/2010/05/pdf.php

 この本が出版された当時の私は、新生児医療に興味が持てず、「1カ月も全文を公開するなんて珍しいなぁ…。なぜそこまで?」と思いつつも、読まないうちに公開は終わってしまいました。ちょうど学校が忙しかった、というのもあります。

 夏休みになって、ふとこの本を手に取る機会がありました。「(ほかに読む本ないし)読んでみようかな」と軽い気持ちで読み始めたら、この本の持つパワーに圧倒され一気に読み終えてしまいました。

 「軽蔑していいですよ。子供が助からないほうが、良かったのかもしれないと思うことがあるんですよ……」

 早産し、呼吸器なしには生きられない重度障害を抱えた子供を自宅で世話している、あるシングルマザーの言葉から、この本は始まります。医療によって新生児を助ける、ということに否定的な思いを抱く人がいる、ということ自体が私にとってはカルチャーショックで、一瞬意味が分からなかったことを覚えています。

 「何なんだこの本は?」と思いつつ読み進むうち、真摯(しんし)にインタビューを重ねる著者の姿が思い浮かび、同時に、医療のもつ明暗に、改めて気付かされました。

 著者の熊田さんは、新生児医療からその後の成長過程まで、様々な段階にいる患児の家族と医師に、個別にインタビューをしていきます。そして、インタビューで明らかになった実情の背景に、現代医療が抱える多くの問題があるという、熊田さんの解説を織り交ぜながら、話が進んでいきます。

 周産期医療、新生児医療の進歩により、救命される赤ちゃんは増えました。しかしその一方で、何とか命は助かっても重度障害を背負う赤ちゃんが増えています。急性期を過ぎ、NICUや小児科病棟を退院できても、退院後の家族には、自力で24時間看護するという負担が一気にのしかかります。重度障害の子供を受け入れる療養施設も満床状態が続いていて、なかなか受け入れてもらえないそうです。

 最先端の医療により命を救われた子供やその家族を、現代の社会は支えることができず、そして、その医療には日本全体で数百億円というお金がかかっているという現実。今の医療技術と医療経済、社会的支援制度、それぞれの限界と妥協点を、模索しなければなりません。

 世に多くある「分かりやすい」本ではありません。医療という、立場の違う多くの人間の思いが交錯する場に「分かりやすい」ストーリーなど、存在するわけもないからです。現代の医療界は、医療自体の高度化と、医療費の限界、個々の価値観など、さまざまな因子を考えて選択しなければいけない世界です。

 ですから、読後感が良い、というものではありません。「これからどうしなければいけないんだろう?」と考えさせられ、その疑問には、おそらく答えはないのです。

 「医師のキャリアパスを考える医学生の会」のスタッフミーティングで、著者を講師に招いた勉強会をしたいと、提案しました。「この話は、みんなで考えなければいけないと思う。その場を作りたい」と。提案から半年以上かかりましたが、連休明けに開催することになりました。

 2011年5月15日(日)15時から、会場は東京・御茶ノ水の順天堂大学です。著者の熊田梨恵さん、亀田総合病院産科部長の鈴木真先生を講師にお迎えします。出生前診断から医療経済まで、幅広く周産期・新生児医療の抱える問題を勉強する場になります。

 講師のお2人も、医学生の会のスタッフも(私も)、いつも以上に張り切って準備しています。ご都合がつく方はぜひともお越しください。会の詳細は医学生の会のホームページに掲載しています。(水)