今年9月、「医療従事者と国民の臨床研究に関するリテラシーの向上」を目的としたプロジェクト「Hungovercome(ハングオーバーカム)試験」を発足しました。プロジェクト名は二日酔い(Hungover;ハングオーバー)と、克服する(Overcome;オーバーカム)を合わせた造語で、いわばオヤジギャグですが、その内容は「二日酔いの症状に、ロキソニンは効くか?」を調べる臨床試験です。より身近なテーマで臨床研究に触れてもらい、正しい理解と発展のきっかけになればとスタートしました。

 二日酔いは、お酒を飲む人なら多くの人が経験したことがあるでしょう。肝臓の働きをサポートする補助食品などが多く市販されていることからも、この分野の需要の高さがうかがえます。しかし、二日酔いの症状を緩和する医療行為や薬剤には、今のところ医学的な根拠(エビデンス)がないのが現状です。

 一方で、痛み止めとして市販もされている非ステロイド抗炎症薬の「ロキソニン」を、二日酔いの症状を緩和する目的で服用したことがある医師が一定数いることが分かっています。日経メディカルOnlineで行ったアンケート調査(n=2739)では、約17.1%が「服用したことがある」という結果が出ています(「二日酔いにロキソニンが効く」は本当か)。理由はおそらく、基礎的なデータから「二日酔いの原因と考えられるアルコールの炎症性代謝産物がロキソニンの投与によって減少し、症状が緩和する」という仮説を立てて飲んでいるのだと推測されます。

 では実際のところ、どうなのか? 本試験でロキソニンが有効という結果が得られれば、世界で初めて二日酔いの症状緩和に効果のある薬剤が同定されるのです。「二日酔い」と「ロキソニン」、医療従事者だけでなく、国民にとっても身近なこの2つのテーマを扱うことで、より広く臨床研究に関して興味を持ってもらえればと考えています。

 試験方法は、本物の薬とプラセボ(偽物の薬)を、見分けがつかない形で二日酔いになった医師に服薬してもらい、ロキソニンが二日酔いの症状緩和に効果があるのかどうかを確認していきます。

今、日本の臨床研究が危ない! Nature誌も失速に警鐘
 世界的に権威のある科学雑誌「Nature」に今年3月と8月の2回にわたり「日本の科学力の失速」に警鐘を鳴らす記事が掲載されたことをご存じでしょうか。今、日本の科学界は未曾有の危機を迎えています。日本の論文出版数を2015年と2005年とで比較すると、14分野中11の分野で減少。全論文中で日本の論文が占める割合も7.4%から4.7%へと減少傾向が認められているのです。この失速は臨床医学分野でも論文数として明確に表れています。世界的な潮流とは真逆に進んでいるのです。

 この危機には、国の科研費の減少が大きく影響していると推察されています。今後も国の科研費や製薬企業からの寄付金などに基づく研究資金はますます減少していくことが予想されます。特に製薬企業からの研究資金の減少に関しては一部の医療従事者による研究不正問題があり、製薬企業が非常に厳しい自主規制を取らざるを得ないようになったことが原因として挙げられます。

 研究資金が減ると、日本の医師が世界で研究を発表する機会が減ります。そこで最新の知見を手に入れる機会も減少してしまうでしょう。価値のあるアイデアは、アカデミックな場における議論で磨かれ、現場で使える形になっていくことがほとんどです。このような機会損失は、日本における臨床医学の発展にブレーキをかけると危惧しています。

 一方で私自身は、米国で最も権威のある循環器系の学会で何度も受賞させていただくような研究に携わってきて、日本の医療従事者が非常に丁寧に、世界でも胸を張れる程の医療を提供しているということを実感しています。そのような世界で通用するアイデアを広く発信するためには、臨床研究に関する正しい知識が不可欠です。

 例えば、臨床研究は本来、結果がポジティブでもネガティブでも、意味のあるエビデンスになりますが、日本では「統計学的に有意な結果が出なければ意味がない」という誤った考えが普及しています。臨床研究へのリテラシーの低さが生むこのような勘違いが、ディオバン事件のようなデータの捏造、研究不正につながり、ひいては臨床研究全体の衰退につながっていると感じています。日本の臨床研究のリテラシーを高め、勘違いや間違った文化を変えていくこと、つまり、後進の育成に取り組むことが急務です。