葛西龍樹教授(左)と筆者

 ロンドンオリンピックに世界が湧いていた2012年8月のある日、私は東北新幹線で福島に向かっていた。念願かなって、福島県全域で展開されている家庭医療を見に行くことになったのだ。

 夏休みを利用して、福島の家庭医療の現場を直接見たいと考えた私は、その2カ月ほど前の6月上旬に、福島県立医科大学 地域・家庭医療学講座に連絡をとり、見学日程を組んでいただいた。

 福島に行こうと考えた発端は、さらにその2年前、「第22回学生・研修医のための家庭医療学夏期セミナー」(日本プライマリ・ケア連合学会 学生・研修医部会主催)に参加したことにある。その懇親会で私は、福島県立医科大学 地域・家庭医療学講座の葛西龍樹教授とお話しする機会を得た。福島県全域に、さらには日本全体に家庭医療を根付かせようという、葛西先生の熱意に引き込まれた私は、初めて福島に興味を持った。

 その後東日本大震災が発生したため、福島行きが実現したのはその2年後になってしまったが、自分が医師として将来目指す道を考えるうえで、かけがえのない体験となった。訪問からだいぶ日が経ってしまったが、私と同様、将来の自分の進路を模索する医学生の皆さんの参考になればと考え、私が見た福島の家庭医療について報告する。

大学内に拠点を持たない講座
 私がお邪魔した福島県立医科大学 地域・家庭医療学講座は、日本全国でも数少ない、「家庭医療」を冠した講座である。それ以上にユニークなのが、大学内に診療拠点を一切持たないという点だ。診療・教育・研究の主な拠点は、県内各地域の協力医療機関になる。このことを知ったときは驚いたが、家庭医療の特徴や役割を冷静に考えてみれば、理にかなった体制だと思えた。

 デメリットとしては、講座のメンバーが県内各地に分散してしまうという物理的な不便がある。しかし、この不便さを解消するために様々な工夫が凝らされていた。

 県内の診療拠点には、大学教官のほか、家庭医療学専門医コースを修了した指導医らが派遣されており、研修医や学生がどこでも直接指導を受けられるようになっていた。さらに、診察の様子をビデオ撮影し、指導医が研修医の診察に同席できない場合でも、診察後にそれを見ながら指導する「ビデオ・レビュー」が盛んに行われていた。

 また、他科をローテート中の研修医でも、一週間に半日は外来を持ち、指導医からのフィードバックを受けられる「ハーフデイ・バック」というシステムがあるため、研修期間を通じて、家庭医療の基礎を継続的に学ぶことができる。私が見学したときは、「ハーフデイ・バック」でやってきた研修医に、指導医がNBM(Narrative Based Medicine)の実践方法を指導していた。

 NBMという言葉自体は、医学部に入学する前から知っており、narrative(言葉・対話・物語)を重視する医療のアプローチであることは頭では理解していたが、具体的な実践方法はまったく知らなかった。診療の現場でNBMが実際に行われる様子を見ることができ、個々の患者が抱える病気の体験を探ることの重要性を再認識し、NBMに対する理解が深まった。家庭医療の実際を熟知した指導医から直接指導が受けられる環境をとてもうらやましく感じた瞬間だった。

 講座員が毎月、一堂に会して学ぶFaMReF(Family Medicine Resident Forum)や、その拡大版として合宿形式で行われる家庭医療サマー・フォーラムなど、勉強会も活発に開催されていた。インターネットを活用したTVカンファレンスが毎週行われ、県内各地で診療を続けながらも、臨床上必要な知識をいつでもアップデートできるよう、学習環境が整備されていた。