医学的には軽症の患者ばかりだが・・・
 私が派遣された3月29日時点での気仙沼市の被災者の状況は、災害後の急性期を脱し、亜急性期・慢性期へと移行している段階でした。津波災害の特性として、被災者はトリアージで言うところの黒(死亡)か緑(負傷はあるが歩行可能)の方ばかりで、赤(緊急治療が必要)の方はほとんどいませんでしたので、プライマリ・ケアに対するニーズが高まっていました。

 救護所にやってくる患者さんの主訴も、「咳が続く」「のどが痛い」といったいわゆるかぜの症状や、不眠といったものばかりでした。私が予診を取り、渡瀬先生にも診察していただき、軽めのお薬を処方するというケースが繰り返されました。

 「医療」としては高度なニーズがなかった、というのが客観的な意見かと思います。しかし、そこで終わりにせず、例えば、不眠を訴えてきた男性の方の話をじっと聞いていると、避難所でのつらい生活が見えてくるのです。

 「夜寝ていると、隣のじいさんが寝言で『地震だ!津波が来るぞ!逃げろ!!』って叫ぶんだ。それを聞くと自分も津波に追いかけられたのを思い出して眠れなくなる。余震だってそうだ。揺れたら息子と娘を連れて逃げ出さないといけないから、バチっと目が覚めてしまうんだ。こんなのが続いたら、眠れるわけないじゃないか」

 気仙沼小中学校では狭い教室の中に家族単位で多くの避難住民の方々が暮らしています。このお父さんが語ったのと同じような話を、色々な教室で何件も何件も聞きました。

鹿折地区にて。瓦礫の山からは重油混じりのほこりが舞う

 また、自分の家があった場所へと出かけていき、がれきの山の中から何か思い出の品だけでも見つからないかと探しに行く被災者の方もたくさんいます。

 津波に襲われた場所は例外なくがれきの山になっています。特に気仙沼市は船から流出した重油による火事も起こりました。その被害が特に激しかった鹿折(ししおり)地区では、悪臭が漂い、ほこりに重油が混じって舞っている、本当に悲惨な状態になっています。そうした地区に出かけてきた人が、咳を患い、より深刻な呼吸器疾患に見舞われることも懸念されていました。

血糖値や血圧の測定だけでも安心する患者さん
 もう一つの大きな医療ニーズは、基礎疾患のフォローです。高血圧や糖尿病を抱えた被災者の方々は被災後、血圧や血糖を測定する機会がほとんどありませんでした。本部からの救援物資には血糖測定キットが含まれていたので、救護所に自力で来られる人は救護所で測定し、寝たきりの方の場合は、こちらから出向いて血圧や血糖の測定、そして簡単な診察をしてきました。

 震災以来、数週間ぶりに測定した結果、今までになく血圧や血糖が高くなっていたという方々が大勢いました。避難生活でのストレスや、炭水化物に偏りがちな避難所での栄養状態を考えたら無理もないことでしょう。患者さんへの投薬はもちろん村岡先生、渡瀬先生にお願いしましたが、数値を測定できたことだけでも安心した表情を浮かべる患者さんの姿を見ていると、少しでも役に立てたことがうれしくなりました。また、PCAT本部から学生ボランティアが黙々と作業をして送り出した物資がここで患者さんの笑顔につながったよ、と事務局で一緒に働いたみんなとハイタッチをしたい気持ちになりました。