地方病院で医師確保の重責を担うベテランの井中先生は新専門医制度に対する不信を思案橋で吐き出していた(前回参照)。現場で臨床と指導に奔走する30代の厚井先生も、厳しい現状をさらに厳しくしかねない新制度に不満と不安を抱いているようだ。


 朝明けに登院して、研修医に縫合の仕方を指導。昼は手術室や病棟を走り回り、その後を研修医が追いかける。夜になったら、「お疲れ、一杯やるか」。いつも何人かを引き連れて飯を食わせてやる。
 30代、外科医10年目、厚井正義は典型的なバリバリ体育会系だ。飽くなき探求心を持ち、日々の自己研鑽も怠らない。「困った時は、やっぱり正義先生」と看護師などスタッフからの信頼は厚く、「冬でも熱い(厚井)先生」と研修医から慕われる。
「元気ですか! イチ! ニー! サン、カンパーイ!」
 宴会の乾杯は当然、彼の役目だ。

 そんな厚井先生の勤務先は関東の端の方にあるそこそこ大きな病院なのだが、4月から大学の医局に戻されるらしい。戻る前に、研修関連の視察業務を命じられて僕の元を訪れた。命じた上司は僕の旧知の友である。
「長崎は勉強になるぞ、行ってこい。夜も面白いぞ」
 そう言われて来たのならば、思案橋に行かないわけにはいかない。視察を終えた厚井先生を連れて、大学病院前から思案橋行の路面電車に乗り込んだ。
 視察中は極度に緊張して縮こまっていた彼だが、電車に乗ると頬はゆるみ、長い手足も伸ばして元の長身に戻っている。
「厚井先生、部活は?」
「バスケットです」
「どうりで。今も、やってるんですか?」
 厚井先生は首を振り、独り言のようにつぶやいた。
バスケがしたいです…

 ふたりの頭が、凸凹のシルエットになって通路向こうの窓に映っている。窓の外の宵闇は電車のスピードと共に加速し、通りの赤や黄色の灯篭が徐々に浮かびあがってくる。中国の旧正月を祝うランタンフェスティバルの時期だ。
 電車の中も徐々に込み合って来た。
 目の前では、着ぶくれした金髪のヨーロッパ系と半袖の腕からタトゥーむき出しにしたアフリカ系が英語で話している。電車の中央では、同じ髪型とメイクのアジア系集団がスマホをいじりながらけたたましく母国語を飛ばしている。地元の制服高校生カップル2組は吊革にぶらさがって楽しそうにじゃれている。子供を抱いた女性が入り口近くで席を譲られて頭を何度も下げる。運転手は「前へ詰めてください」と、キレ気味でマイクに叫ぶ。
 2月なのに暑い。汗が出てきそうだ。
 背の低い僕は長身の厚井先生と巨漢の白人の間に挟まれて身動きがとれない。押し合いへし合う狭い空間に様々なエネルギーが渦のように混じり合う。カオスと化した電車の中で厚井先生もエネルギーが充電されたようで、僕に放出してきた。

「それにしても、何なんですかね?」
「何が?」
「研修医ですよ。いくら一生懸命教えても、2年の初期研修が終わると、後期研修は都心に逃げるんですよ。2年間も待たせやがって。結局は去ってゆく。今年は、可愛がっていた研修医が2人もです。結構凹みましたよ。でも、私の教え方が悪いんでしょうね。敗因はこの私
 うん? これが厚井先生の熱血キャラなのか? やたらと芝居がかったセリフに僕は反応する。
「厚井先生が敗因なんて、そんなことはないですよ。厚井先生ほど、熱心な指導医は少ないと、先生のボスが言ってましたよ。先生の教え方と研修医が都心に行くことは、別の話だと思いますよ」
「いいんですよ、負けたことがあるというのが、いつか大きな財産になるわけですし」
「そうですね。前向きにとらえた方がいいですよね」
 熱血指導医には、ときどきやっかいな人がいる。うまくいかない場合に責任を感じて落ち込みすぎたり、逆切れしたり……。
 かつての僕もそうだった。厚井先生は、どのタイプだろう?と探りながら会話を進める。

「今日は、いろいろ財産を頂きました。勉強になりました」
「こちらこそ、何かのお役に立ててもらえれば」
「そういえば、ライト先生はさっき言いましたよね」
「何を?」
「マッチングは毎年行われる試合みたいなもんだと。毎年、いろいろ準備して、勝ち負けの結果がはっきり出ると」
「そうですね、シビアなゲームです」
 固い表情と力強い視線が僕に突き刺さる。
リバウンドを制する者はゲームを制する
「何ですか? それ」
 唐突なセリフに思わず尋ねると、今度は「失礼、失礼」と豪快に笑った。
「『スラムダンク』って知ってます?」
「少年ジャンプのマンガでしょ? 少しは読んだことありますが、詳しくは知りません」
「私は大ファンで何十回も読んでいるので、セリフがついつい出てくるんです」
「はあ……」
 先日の井中先生は「北斗の拳」、今日の厚井先生は「スラムダンク」か――。お医者さんが影響を受けるマンガは「ブラックジャック」とは限らないようだ。