「復活しましたね」
「そうですね」
 僕たちは、からあげを頬張っていた。
 カラッと揚がった衣を噛むと、サクサクと音がして食欲をそそる。ジューシーな肉汁が口の中で広がる。肉片が小さく解け、鳥の肉の旨味が僕らの五感を席巻する。
「うまい。昔と同じ味だ」
 うんうん、と首を縦にふりながらD先生は、満足そうに2皿目を平らげる。皿の上には、行儀よく細い骨が並ぶ。ふ〜っと、大きく息を吐くふたり。
 至福の瞬間だ。
 口の周りについた衣をおしぼりで拭きながら、D先生はビールを、僕はハイボールをカウンターの隅から追加した。僕はD先生に同意を求める。
「クリスマスにはやっぱりフライドチキンよりからあげですね〜」
「ライト先生、クリスマスじゃなくても、年がら年じゅう、からあげ食べてるじゃないですか〜」
「ハハハー」

 かつて思案橋のソウルフードとまで呼ばれた「江戸善」のからあげ。
 仕事帰りにちょっとつまんだり、スナックで小腹が空いたら配達してもらったり、2次会の後にふらりと寄ったり、罪滅ぼしのお土産として奥さんに買って帰ったり…。皆から愛された味だった。D先生と僕も若かりし頃、その店で偶然会ったりした。しかし、鳥料理専門の江戸善は2年前、店主のご高齢のため、惜しまれながら閉店した。
閉店の時はすごい行列でしたね
「たしかに」

 そのからあげが、復活した。
 フルマッチにも登場した、一口餃子の『宝雲亭』のママが、江戸善のからあげ職人を招いて『とり福』という店を昨年の夏にオープンした。銅座通りから入った石畳の小路にある、カウンターと4人席がいくつかある小ざっぱりした店だ。思案橋の呑み助達が、待ちに待った復活だった。
「さすが、ママ」
「あたしゃ、やる時はやりますよ、ハハハハ―」
と、豪快に笑う。切符の良い名物ママとしてこの界隈では有名だ。そのママが自慢げに広げる週刊ポスト(2016年9月9日号)には、見開き4ページカラーで店が特集されていた。記事は、YAHOO!ニュースにもなったらしい。

 ―伝説のからあげ。長崎の魂のからあげ復活を追う―
「お〜、すごいなあ〜、ママ。こないだは、テレビにも出てたし、有名人や」
 初めて店に来たD先生がママを持ち上げる。ママはにこりと笑い、満席の客をさばきながら、復活させたいきさつを話してくれた。いろいろあったようだ。
「でも、やっぱりお客さんの声があったからね〜。それが一番の理由かな」
「からあげは、今はコンビニとかチェーン店でも食べられますが、やっぱりその土地に合った味が一番いいですよね」
 D先生はからあげ論を語り、さらに注文する。
「じゃあ〜、骨なしと〜、むね焼き、ひとつづつ」
「はいよ!」と、ママがオーダーを飛ばす。
 カウンターの奥では、ふたりの職人さんが、ひっきりなしに鳥を揚げている。国産のハーブ鳥を使い、骨から水分がしっかり抜けるまでじっくりと揚げるそうだ。油のはじける音と客の喧騒が年の瀬の慌ただしさを映しだしている。忘年会・クリスマスシーズンだ。ボーナスが出たのだろうか、いつもよりも客のテンションが上がっている。
「今年は、いい年だった?」
「どうかな〜」
「とりあえず、終わり良ければすべてよし!」
「そうさ、今日は復活したからあげ食べて、飲もう!」
 そんな会話が聞こえてくる。

 医療界での復活と言えば…。
「それにしても、専門医制度では学会の力が復活になるんですかね?」
 D先生は、12月9日の日本専門医機構の理事会の発表を話題にした。
「医師会とか病院団体が、地域医療への配慮を要望したので、ずいぶんと方針が変わりましたね」
「そうですね。大学病院以外でも基幹型になれるし、指導医がいない中小病院でも研修できるようになって、うちの病院なんかは助かりますよ」

 D先生の病院は、300病床以下のいわゆる中小病院。どこにでもある地域の病院だ。彼は臨床研修やリクルート担当をしている。彼の病院は、自治医大出身者、県の奨学金をもらって義務年限を務める医師、医局の人事派遣、フリーの医師などで構成され、専門医資格取得を希望する若手もいる。だから、4月の時点で発表された機構の案には、肝が冷えたという。
「あのまま専門医制度が突っ走っていたら…」
「ぞっとしますね。若手が来なくなり、うちの病院は潰れていたかもしれない」

 第三者機関が専門医育成を管理する方式は教育的には正解。しかし、現実的には地方の医療は崩壊する可能性が高い。理由は簡単だ。専門医資格をしっかりとしたものにするためには、厳格さが必要である。専門医の質を上げるために、指導医の規定や病院の規定を厳格にせざるを得ない。そうなると、大学病院や大きな病院が中心となり、中小の病院は専門医育成フィールドの蚊帳の外となる。
 地域を支える中小病院に若手は来なくなり、市場から消えてゆく運命である。実際、地域医療構想も相まって、中小の病院を消すことが真の狙いなのかと思わないでもない。