「ハロー、コンニチワ〜」
 ここでも、ルビーが手をふってくれる。僕もニコリと手をふる。
 フィリピン、首都マニラの国立感染症専門病院、サンラザロ病院の正門に立つ警備員、受付の女性たちもルビー・モレノ風で美しかった。
「さっそく、病棟回りましょうか」
「えっ?」
 長崎大学病院感染症内科(熱研内科)からサンラザロ病院に派遣されている齊藤信夫君は、彼のオフィスにリュックを置くと、すぐに僕を連れて病棟へ向かう。正直、行きたくなかった。
<だって〜、何か感染するかもしれないでしょ〜。はっきりいって〜、や〜だ〜。感染症なんか、まったく興味がないんです〜。今回は、こっちの教育担当者にお土産渡して挨拶して、プログラムについてちょっと話して、あとはドライマンゴー買って帰れば、それで十分……。かんべんしてよ〜!>
 とは、10年前の教え子の齊藤君には言えなかったので、しぶしぶついて行く。

病棟にベッド以外のものはほぼ見当たらず、とても殺風景に感じた。

<おいおいマスクもしなくていいの? 靴のままでいいの?? ガウンとか宇宙服みたいなのとか、着なくていいのかよ〜???>
 そのままの格好で、リノリウムの床を、靴音をたてながら歩いてゆく。
 開放的な建物は、どこか南国のリゾートホテルのような感じを与える。階段の踊り場にはマリア像やキリスト像があり、クリスチャンの国ということがわかる。病棟がとても殺風景に感じるのは、ベッド以外のものがほとんど見当たらないからだろう。信号音を刻み、数字が点滅する無数のモニターとか、電子カルテを映し出すパソコンとか、コードのからまったスタンド……。日本で見る重装備の機器類はほとんど見当たらなかった。そのぶん、患者の姿がくっきりと目に焼き付く。
(なお、マニラ市内には日本とまったく変わらない設備を有するプライベート病院があり、富裕層を対象に医療を展開しているということだ)

 ここの病室は、どうも、疾患別になっているようだった。
 デング熱は、いくつか部屋があり、いずれも数人の患者がただ寝転んでいた。
「今の季節は少ないですね。雨季だと、この倍は来ますよ」
「治るの?」
「対症療法ですね。ほとんど治って帰ります」
「うつらないの?」
「うつりますよ。蚊が媒介しますから。特に昼間にここら辺りを飛んでいる蚊には要注意ですよ」
「え〜!!」
 突然、僕は、足と手をくねくねと動かしはじめた。首もくるくる回して、蚊が寄り付かないようにした。蚊よけのクリームも塗ってきたし、携帯用ベープも腰にさげているのだが、心配性で小心者の僕は、その日一日中、「くね田くね男」となり、無駄に体を動かしていた。

檻になっている部屋はいくつもあった。

 監獄のような檻になっている部屋がいくつもあった。
「え〜、何、何、これ?」
「狂犬病の専用部屋です」
「何で、檻?」
「発狂して暴れますからね」
「治るの?」
「100%死にます」
「えっ、治らない?」
「100パー、死・に・ま・す」

 齊藤君のそのセリフは、妙に冷静な落ち着いた声で、確信に満ちていた。そして、北斗の拳の「おまえはもう死んでいる」を彷彿とさせるほど、怖かった。
 そういえば、研修医の時の彼もそうだった。