新専門医制度に振り回されている「またか」の世代(前回参照)の2年次初期臨床研修医、東島勇人君。彼と僕は6月の雨の日の午後、タクシーで外来研修先へ向かった。小一時間かけてK病院という長崎半島の真ん中にあるK病院に到着した。ここで、午後のウオークイン患者を勇人君が診て、僕がチェックするという外来研修だ。

 K病院はこの地域(人口3〜4万人)の救急患者を一手に引き受けている中核病院。僕が書いた小説「フルマッチ」のモデルにした病院だ。
 医師はほぼ100%、大学からの派遣で成り立つ病院だが、12年前の新臨床研修制度導入後、派遣の常勤医はどんどん減少。残って奮闘されている先生たちの高齢化が目立つ。60歳を過ぎても現役で働くドクターは珍しくない。現在は、大学からの若手医師が当直や外来や検査を担って、なんとか持ちこたえている。
 この地域を守り続けてもう100年になろうとするK病院は、いま危機的状況にある。患者は山のように来るが、ドクターが来ない。

「どうなるんですかね、専門医制度は?」
 後期高齢者を自称しながら、現役で働き続ける理事長が、僕の外来のブースに入ってきた。隣のブースでは、勇人君が患者さんを診ている。
「専門医制度ですか。いや〜、なんとも」
「大学から、これまで通り、外来とか当直の応援に来てくれるでしょうか」
「う〜ん」
 僕は大学を代表する立場にはないが、後期研修のプログラム全体の責任者であり、状況分析だけは伝えることができる。内科などいくつかのプログラムの連携施設にK病院は入っているが、実際にドクターが来るかどうかわからない。

 そもそも、後期研修をプログラム制度にすると、地方は圧倒的に不利だろう。
 長崎県全体の後期研修医数はここ数年、右肩上がりに増えている。新臨床研修制度の前の110人には遠く届かないが、50人程度まで落ち込んだどん底から様々な努力をして、やっと90人程度まで戻った。しかし、今年度はまた減ってしまった。新専門医制度のあおりをすでに受けている。
「地方では、専門医を取りにくい」という誤ったイメージが、ひとり歩きしている可能性がある。その証拠に、長崎大卒業後に県外で初期研修を行い、長崎に帰る医師が20〜30人いたところ、今年は半減した。
「地方の方が後期研修医1人辺りの症例数とか、指導医数とか多くて、大切にされて、いい研修になる可能性は十二分にあるんですがね」
 僕がぼやくと、理事長はうなずいてくれた。
「わかりますよ。私も外科医の端くれですから。若い人が経験できる場数は、圧倒的にこっちが多いと思いますよ」

 理事長とは1カ月前、県が主催する「新専門医制度に関する地方の医療関係者の話し合い」に同席した。これは、新専門医制度を始める前に「地方からの意見を聞く」という趣向の会議を開くよう国が定めたもので、おそらく全国各地で行われただろう。
長崎県医療界の主要な団体から重鎮たちが集まり、僕も大学のプログラム責任者の代表として出席した。会議で出る声は、ほとんどがぼやき。
「これじゃ、議論のしようもないですよね」
「まったく…」
 国からの資料は、主要診療科で、プログラムを立てた病院の一覧 。他にも少し資料はあったが…。この時点では(今もだが)、プログラムの公開が禁止されているので、具体的な話のしようがない。地方にどれくらいの定員をくれるかもわからない。      
 何を話せばいいんだ? そう言いたげな、しかめっ面が並んでいた。
「結局、こんな状態でもスタートさせるための会議なんでしょうね」
「一応、地方でも検討したというお墨付きを与えるために、この会議が開催されたんでしょうね」
 そんな声ばかりだった。
 新専門医制度について「絶対反対」と言って中央に盾突くほどの人は、地方にはいないと思う(少なくとも長崎には)。基本的には、専門医制度を打ち立てることに反対する大義はどこを探してもないと思う。ただ、あまりにも情報が少なすぎる。あまりにも未確定な部分が多すぎる。結局、会議は何の結論も出せずに終わった。ただ、12年前の新臨床研修制度と同様に、この制度が地方にトドメを刺す可能性があることは、誰もが認識した。 

 その後もごたごたが続き、日本専門医機構による新専門医制度が迷走している状況は、皆さんご存知の通りである。
 僕はこう思う。
 結局のところ、機構主導でも学会主導でも、プログラム制度で行うならば、現場はそんなに変わらないだろう。どちらにしろ、大きな問題となるのは下記の3点だろう。

(1)定員の問題:地方にどれだけ枠を与えてくれるか?
(2)応募および試験の時期の問題:いつ、研修医が進路を決めなければならないか?
(3)来年度に試行プログラムが始まるとしたら、そのプログラムの修了者が専門医を取るときには、新制度の専門医なのか旧制度の専門医なのか?

 特に(1)の定員の問題は、どこの病院でも死活問題であろう。「後期研修医が来ない→医師数が減少→急性期病床の削減か転換」の構図だ。
 典型的な地方病院であるK病院も、まさにその構図の中に入っている。K病院の理事長は、非常に先見の明があり、10年以上前に、300床あった急性期病床を半分にし、残りを回復期型と療養型(医療と介護)に転換している。それで、ここまでなんとか乗り切ってきた。しかし、今度の新専門医制度で、さらに対応を迫られるかもしれない。大学としてもなんとかしたいのはやまやまなのだが、なにせ人がいない。