恩師の下で身体診察を徹底的に学ぶ
 それからの私は、検査に頼らない身体診察の実力をもっと磨きたいと考えるようになりました。そこで、身体診察の名人と聞き及んで教えを請うたのが、市立堺病院(現・堺市立総合医療センター)の藤本卓司先生。奇しくも、医師になって初めて購入した名著「感染症レジデントマニュアル」(医学書院)の著者でもあります。医師5年目で後期研修医として堺病院の扉を叩きました。

 堺病院では、患者さんに協力してもらい、藤本先生をはじめとする上級医がベッドサイドで身体診察をする横で若手医師たちが勉強させてもらう身体診察回診を行っていました。患者さんにとっては何度も同じことを聞かれ、同じ内容が繰り返されるのですが、私たち医師にとっては座学では学べないことがたくさん学べる機会でした。ベッドサイドでの指導の仕方も、大変勉強になるものでした。

「堺フィジカルクラブ」結成当初のメンバーと。おそろいのTシャツを作って一体感を盛り上げました。

 この学びをもっと加速させるため、堺病院に来て3年がたった頃に立ち上げたのが、月に1回身体診察を学ぶ院内部活動、「堺フィジカルクラブ」です。お互いの身体を使って、身体としっかり向き合う勉強会です。ここでは、マジックペンで、自らの身体に書き込みながら説明するのも特徴の1つ。これは、患者さんの身体を使わせてもらうだけでなく、自らの身体を使っていくことで、「医師は偉い」というヒエラルキーや「講師は演台の上から話す」という概念を壊すための試みでもあります。在籍していた4年間で、ものすごくたくさんのことを学べました。

奄美大島の医療を全国に広めたい
 その後、私は4年の修行の末、指導医として奄美大島に帰ってきました。現在は、名瀬徳洲会病院(鹿児島県奄美市)、喜界徳洲会病院(鹿児島県喜界町)での研修医の指導・業務を掛け持ちしながら離島医療に従事しています。もちろん、奄美大島にもベッドサイドでの身体診察回診を導入しました。

加計呂麻診療所の前で帰りのバスを待つ患者さんと。

 堺病院で身体診察を学んだのも、全ては奄美大島の医療のためでした。奄美大島の医療は素晴らしいものですが、明らかに指導医不足でした。離島医療はすごくストレスが多く、医師が疲弊するのも事実です。特に、研修で来ている初期研修医は、主治医の経験もない中、初めてだらけの日々に放り込まれてものすごいプレッシャーの中で診療に当たることになります。そうした環境で問診・身体診察を中心とした教育は、大きなリフレッシュ効果もあるのです。この足りない部分を埋めれば、奄美大島での研修は間違いなく日本一になると確信していました。

 私は、奄美大島で体験した医療こそが本物で、本来は全国で実施されるべき医療の姿と思っています。「患者が医師を育てる」ということを、もっと多くの医師に体験してほしい。教育のレベルを高めれば、良い教育を求める研修医が集まってきます。さらに良い指導も学べる場所だという評判になれば、若い指導医も集まってきます。奄美大島を、良い医師、指導者をたくさん輩出する場所にしたいと思っています。

 堺病院で始めたフィジカルクラブの活動は今も継続し、全国各地で開催しています。全国の大学の学生、研修病院から招聘していただいて、私が行ったフィジカルクラブだけでも年に50を数えます。フィジカルクラブで伝えているのは身体診察のスキルだけではありません。会の最初に、必ず奄美大島の医療、なぜ身体診察を学ぶべきかなどの理念を伝える時間をいただいています。フィジカルクラブを、全国の医療をもっと温かくするための足掛かりにしたいと思っています。

 今年の10月10日からの三連休には、「JPC(ジャパンフィジカルクラブ)2015」と銘打って、これまでのフィジカルクラブでの活動の集大成となるイベントを奄美大島で開催します。身体診察の講義などもありますが、医師だけでなく、一般の人も一緒に「命とは何か」を考える、島を挙げてのお祭りとします。ここを、日本の医療を変える一歩にしたいと考えています。