被災地の妊婦さんたちはいま
 4月13日の19時から、石巻赤十字病院の外来で、産婦人科部長の千坂泰先生、産婦人科医員の長谷川良実先生、新生児科部長の伊藤健先生、石巻市の水沼文子保健師、PCOT(PCATの産科チーム)の看護師、黒川美恵子さんとミーティングを行いました。

 この席で千坂先生が少し照れながらもおっしゃった「何よりも、行って寄り添って『あなたは忘れられていないよ』というメッセージを投げかけるのが、災害時の心のケアには大事だそうだから」との言葉に大きな感銘を受けました。

 ミーティングに先立つ4月8日の午後、東京のPCAT本部から被災地の妊婦さんたちにお電話しました。PCATの先遣隊として早くに現地入りされた先生方が、震災発生後まもなく問診した妊婦さんたちです。4月6日に大きな余震があった直後だったので、体調や気持ちの変化のほか、ライフラインの状況もお聞きしました。

 南三陸町では、2人の妊婦さんが、ライフラインが復旧していない家屋に暮らしていました。そのお1人は、とても元気な声で電話に応対し「大丈夫ですよー!赤ちゃん元気に動いてます。ガス?電気?1度は来ましたけど、余震でまた来なくなりました。でも家族で寄り集まってるから大丈夫です!」と話していました。

 もう1人の妊婦さんも、とても元気な声でした。「電気?それは前から来てないじゃないですか。時間を決めて電気が来るけど、そんなもんです。不便だけどしょうがない」とのことでした。

 また別の方は、帝王切開で分娩した直後で、石巻赤十字病院に入院中でした。2700gの元気な赤ちゃんを正規産で出産したそうですが、急に帝王切開が決まり大変だったという話でした。産前は避難所にいたのですが、退院後は、赤ちゃんが泣くこともあって避難所には戻れないとのことで、石巻市内で浸水した実家を1部屋だけ片付けてもらい、そこに家族5人で住むというのです。

 これを聞いて私はびっくりしましたが、ご本人はもう実家に住むという意思を固めている様子でしたので、「保健師さんに連絡して、随時新生児訪問を受けてくださいね」と言ったところ、「保健師さんなら携帯番号も知っているし、連絡もしています」とのことでした。

 それでも心配だったので、私の方からもその保健師さんに連絡したところ、「産後は石巻の実家に帰るから大丈夫、と聞いていたのですが、その実家が大丈夫じゃなかったのですね…」と驚かれ、千坂先生と相談して何とかすると言ってくださいました。

 この方の滞在先については、4月13日の15時から南三陸町ベイサイドアリーナ内町役場で行われた会議で報告があり、ご姉妹のお宅に行かれることになったとのことで、ようやく安心した次第です。

被災者の「大丈夫」を真に受けてはいけない
 南三陸の妊婦さんお2人は、とても元気な声で「大丈夫!」と言いました。しかし、被災された方が「大丈夫」と言うとき、その背後には「どん底だった震災直後の状況に比べると」という前提条件が隠れているのだ、と今回強く思いました。被災者でない私たちが想像する「大丈夫」とはレベルがまったく違うのです。

 しかしながら、圧倒的弱者である赤ちゃんにとってどのような状況が「大丈夫」なのかを考えるとき、被災地でも、非被災地でも、同じ前提条件に立たなければならない。そう思うのです。

 被災された方が「大丈夫」と言うとき、その背景には「大丈夫」と言わざるを得ない心理状態があります。行動科学で言うところのKnowledge(知識)、Attitude(態度)、Behavior(振る舞い)、Practice(実行)にも、きっちり踏み込んでいかなければと考えています。

 この点で、早期の新生児訪問には大きな意義があります。PCATが一人ひとりの産褥婦さんに寄り添って物事を進められるように、ここで、今何をすべきかをもう一度考えたいと思います。

編集部注:池田先生ご本人の了解のもと、元の主旨を変えない範囲で編集しました