東日本巨大地震で被災されたすべての方々、そのご関係の方々に、心中よりお見舞い申し上げます。

 3月11日のその時間、私たちは大学病院で心臓手術の真っただ中でした。人工心肺装置がかなり激しく動き、臨床工学技士(ME)や看護師が手術ベッドごと押さえ込みました。僕はといえば、低侵襲心臓手術(MICS)だったせいか、ちょっと揺れているなぁというぐらいの印象しかなく、無事手術を進めて事なきを得ました。

 MEさんに伺うと、人工心肺装置の移動用の車輪のストッパーは、地震の際には外すんだそうです。そのためにゆさゆさ揺れたのですが、ストッパーが掛かっていると機械が突然の揺れで倒れてしまう危険があるために、そうした管理体制を取っているとのことでした。

 今回の震災の影響で、東京も、物資不足など様々な困難に直面していますが、特に問題なのが電力不足。これだけは、本当に困ってしまいます。

 あと、この難事に対する東京電力の一連の対応は…。簡単に「想定外でした」などと言ってしまうこと自体、少々頼りなさを感じます。それにも増して、事故の顛末を、ライフラインを管理するという立場の企業がきちんと説明できないことについては、やはり批判されても仕方ないように思えます。こんな時に少々厳しい物言いになるかもしれませんが、リスク&クライシスコミュニケーションの意識の低さが気になります。

東電の対応を見てわが身を振り返る
 とはいえ、我々も、そんな偉そうなことを言える立場じゃありません。医療は歴史的に、リスクコミュニケーションを最も怠っていた業界の一つで、当然、クライシスコミュニケーションの意識は今もそれほど高いとは言えないでしょう。

 以前、クライシス・コミュニケーションに関するコンサルティングなどを手掛けるエンカツ社の宇於崎裕美さんと一緒に、リスク&クライシスコミュニケーションをテーマにした医療従事者向けセミナーを開催したことがありました。そのセミナーでは、模擬記者会見もやりました。実際に新聞報道にまでなった医療事故事例をいくつか選んで、参加者に当事者になってもらうロールプレーです。

 記者役からは厳しい質問が容赦なく浴びせられ、目に涙をためて「ただただ申し訳ありません」と謝罪に終始する人、逆ギレ気味になってしまう人、専門用語の羅列になってしまう人…。そうした場面で、専門ではない人に正確に物事を伝えることの難しさを痛感しました。

 ですので、東電の対応を、声高に責めるつもりもありません。きっと、最も大切なことは、伝える相手のことを考える姿勢、「相手は何を知りたいのだろうか?」「どうして知りたいのだろうか?」という視点を忘れない、柔軟で謙虚な“想像力”なのでしょう。

 福島第1原発の事故で、東電は、今後も難しい判断を迫られるはずです。医療界の二の轍を踏まぬよう、“想像力”のある対応を望みたいと思います。

「できない」は、「やりたくない」か「やる気がない」
 今回の震災で一番失望したのは、医療関連器材の物流のもろさです。

 震災後の週明けの月曜日。手術に使う器材が届いていませんでした。前の週にすべてセットアップして注文していたのですが、問い合わせると、「地震のため」とか「交通機関がストップして」とか言い訳だらけ。ああした混乱の中でしたから、同情すべき点がないとは言いません。

 ところが、同じ月曜日に、ある患者さんのご家族から、快気祝いが届きました。それも、ちゃんと指定時間通りに。クロネコヤマトは立派です!ちなみに、Amazonも、いつものように指定日時通りに届きました。