多くの団体が参加してダニバスターズが発足
 「とにかく、自分ひとりではなにもできない!」と考え、協力者を募ろうと、石巻市全体の団体ボランティア活動を支える石巻災害復興支援協議会に出向き、協働できる団体を募りました。

 すると、医療支援団体のJIM−NET、キャンナス、炊き出しや泥出し支援を行っていたピースボート、め組JAPAN、日本財団、そして石巻災害復興支援協議会の方々が協力を申し出てくださいました。こうして、多数の団体がそれぞれの組織の枠を超えて一つのプロジェクトに取り組むという、前例のない被災地支援活動が始まりました。

 それぞれの団体の強みを生かし、実働人員の派遣(短期ボランティア)や現場でのリーダー役、資金・物資の調達役、事務調整役といった役割分担がなされ、活動に必要な組織ができ上がりました。活動開始当初は何もかもが手探り状態で、毎夜19時から始まる復興支援協議会の会議では10人近くのリーダーが毎回22時過ぎまで議論を繰り広げていました。

 「ダニバスターズ」という名前が付いたのもこのときです。もともとは、石巻災害復興支援協議会の分科会として活動していた泥出し・清掃部隊が「マッドバスターズ」と呼ばれていたのをヒントに付けました。正確に言えば、「ダニ・カビ・蝿バスターズ」なのですが、「ダニバスターズ」の名前は地元の方々や関係機関からのウケもよく、その後広く認知されました。

写真3 家庭用乾燥機を用いた、初期の地道な作業の様子

 実際の活動が始まったのは、6月上旬のことです。知人や友人に呼びかけて何とかかき集めた家庭用布団乾燥機4台と自家発電機3台、掃除機数台。それだけが、私たちの武器でした(写真3)。

 家庭用の乾燥機だと、1回の乾燥に2時間かかります。この時期の避難者数や毛布の数を考えると、全ての布団を乾燥するのに数年かかってしまう計算でした。もっと効率的に多量の布団を干す方法を考える必要がありました。

 試行錯誤を繰り返すうちにも、活動に関わる人々のネットワークは広がっていきました。石巻市の災害対策本部長である亀山紘市長からも承認を受け、行政や自衛隊から、防災用毛布数万枚を配布する権利と役目を一時的に移譲していただきました。これにより、ひどく汚れた寝具については原則として破棄し、新品と交換する、という運用が可能になり、活動のスピードが上がりました。

写真4 毎日出る、大量の廃棄寝具

 また、多量に発生する廃棄毛布の処理についても、20トン/日の焼却処理能力を持つ焼却場で、1日2トンまで受け入れてもらえることになり、不衛生な寝具を溜め込むことなく、即日、処理できるようになりました(写真4)。

 さらに、市の避難所運営対策室、保健所、合同救護チーム、薬剤師会、石巻市立病院避難所巡回チーム、宮城県災害保険医療支援室、経済産業省、内閣府など多くの機関と情報交換するようになり、積極的に依頼が入ったり、物資提供のお話を多数いただいたり・・・と、地域と強い連携のとれた活動になりました。掃除を拒否している避難所本部を説得していただいたこともあり、リスクの高い避難所に確実に介入することができるようになりました。