妊娠〜出産〜育児という流れは一連のものですが、それを支える現代の社会基盤は、医療ならまずは産婦人科、そして小児科。育児となれば厚生労働省の管轄である保育園と、文部科学省の管轄である幼稚園。子供の予防接種なら地域の保健所、といった具合に、別々の主体によるさまざまな部門が分割して担当する形で成り立っています。今回のように多くの構成要素が壊れてしまえば、元に戻すのに非常に多くの時間と手間を要することになります。

 例えば、震災後に残っている施設を、母子保健活動に使わせてほしいと行政に相談したとしても、その施設の管理と母子保健の管轄部門が違うと、なかなか話が進みません。行政も震災で被害を受け、震災の影響で業務が増えている今の状況下ではなおさらでしょう。被災地のリーダー達は、経験者のアドバイスもなく、時間をかけて交渉してもなかなか話が進まない状況に、疲弊してしまうのではないでしょうか。

 ワークショップや懇親会でのお話の端々から、リーダーたちの苦悩が伝わって来る気がしました。

被災地でなかったらすくすく育てられるのか?
 ワークショップを終えて、改めて考えたことがあります。妊娠や出産、子育てに大きな不安を感じる、という問 題は、果たして被災地だけのものなのかということです。

 例えば医療機関が比較的充実している大都市圏について考えてみると、確かに出産を支える体制は比較的整っていると言っていいでしょう。しかし、子供を育てる環境についてはどうでしょうか。保育園の待機児童数一つをとっても十分とはとても言えない状況です。インターネットに多くの情報があるとはいえ、夫婦からパパとママへ、という精神的にも社会的にも大きな変化を迫られる段階は、医療機関だけでは支えられません。

 都会でも、出産から育児に向かう夫婦や家族が、必要な支援や情報を得るためには、子育てに関わる諸施設を訪問したり、パンフレットをもらったり、ママ友と交流したり、といった自発的な行動が必要になるのが現状です。「子供を生み、育てていく」上で必要なサポートが「疎」になる瞬間が震災前から存在していたのではないでしょうか。

自分の専門から一歩踏み出すことの大切さ
 震災を機に私は、以前からあったこの問題を一層強く認識するようになりました。この課題に対し医療従事者は何ができるでしょうか。

 子供を生むという行為自体は今も昔も変わりませんが、核家族化や人口動態の変化など、子育てをめぐる環境は変化しています。母子保健の充実を考えるうえでは、不妊症の患者さん、生まれた子供、子供のパパ、ママ、新たなメンバーを受け入れた家族、といった複数の異なる視点から、「子供がすくすくと育つために適した環境および支援」を考えなければなりません。

 このためには、複数の異なる専門家が知恵を出し合う必要がありますが、専門領域や担当分野による“壁”のせいで、子供や家族がつまづくことがあってはならないと思います。医療の進歩とともに、専門分化、サイロ化が進む中、「患者中心の医療(patient centered care)」が重視されるようになって久しいですが、今回の震災で、様々な壁に苦しんだ方は多いのではないでしょうか。まず必要なのは、医療従事者がそれぞれの専門分野から一歩踏み出し、外の人と相互理解を深めることだと思います。

 踏み出した先で、他から来た人達と知識や経験をシェアすることで、新たな解決策や活動が生み 出されるという“良い反応”が起こり、社会を少しずつ変えていくのではないでしょうか。

 私自身、産科医療の問題を解決できる糸口を探すために、大学院進学、渡米を経て、医療界ではなくビジネスの世界に足を踏み出しました。そして、そこでできた新たなネットワークを通じて、医師としてPCOTに参加することになりました。医師のホームグラウンドである病院や診療所とは違う場所で活動することでも、得るものは多いと実感しています。

 起きてしまった震災の結果を元に戻すことはできません。母子保健においても、それ以外の分野でも、震災や災害への対策という観点だけでなく、震災で露になった現代社会の問題を再認識し、それを解決するための活動にも力を注ぐ医療従事者が多く出てくることを願ってやみません。