南相馬市立総合病院にて。エレベーターホールに簡易的に設けられた「対策室」には、掲示物とともに医師たちの似顔絵も貼られていた。

 「免震構造を有している」という名目の下に、高層ビルやマンションが建ち、高速道路や鉄道が張り巡らされ、これらによって日本が豊かになったことは紛れもない事実である。ときに自然の猛威に為す術もなく打ちひしがれてきたが、その悲劇に向き合って日本の人々は、相応の文化を生み出してきたし、美意識や死生観を作り上げてきた。

 このことは肯定あるいは否定するといったことではなく、私たちはここで生きてきたし、これからも生きていくしかない。

 放射線にしても同様である。レントゲンがX線を発見して以来、私たちはあらゆるものを通過する物質を手に入れてしまった。人体に限らず、木や岩やコンクリート、金属までも簡単に通過する素粒子や放射線を見出し、物質の細かく観察する技術は科学を著しく発展させた。並行して、原子力の技術は、兵器にしろ、発電にしろ、使わざるを得ないものになってしまった。

 これらの“進歩”は、言い換えれば、「永久的に自然と反目し続けるものを生み出してしまった」ということである。消費された後で自然に戻されるという循環プロセスには帰結せず、抜群の持久力・耐久力を発揮する。高山に捨てようが土に埋めようが、風雪をものともせず腐敗もせずに存在し続ける。下手に処理しようとすれば毒をまき散らし、再利用には多大な手間と費用がかかり、ドラム缶に詰めて海に沈めてもなくならない。

 「そうして来てしまったのだから仕方がない」とは言わないが、今となっては、「そうして来ない方が良かった」という前提に立ってもあまり意味はない。原子力以外の科学技術しかり、医療技術もしかりである。

せめて、記録し、記憶しなければ…
 特に原発に関して言えば、受益できることの説明ばかりで、危殆の面を正視してこなかったことが問題なのではないか。

相馬市では、立谷秀清市長(右から3人目)、星槎グループ会長・宮澤保夫氏(左から3人目)らに状況をヒアリングさせてもらった。

 私は、東電や政府の一連の説明を聞いていて、「あぁ、これは知っていることを隠蔽しているのではなくて、分かっていないものを分かっていると言い張っている類いの説明だな」と思っていた。

 把握したことを隠蔽しているのなら、(それも大きな問題だが)まだ救いがある。しかし、原発に限らず、今の日本には事態の全体像をコントロールできる人などいないのではないか。自分が一体何をやっていて、どういう結果をもたらし、どのような禍根を未来に残すのか、逆にやらないとどうなるのか。そういうことの分からない、あるいは考えようとしない人たちが、物事の舵取りを担っているのではないかと思わざるを得ない。

 もちろん私にも、放射能汚染がどのようにこの国を変えていくのか、詳しいことは分からない。ただ、絶対に認識しておかなければならないのは、「原発事故は、日本の国土の一部を確実に、未来永劫使えないものにしてしまう」ということである。

 原発は日本の国土には馴染まなかった。「大きなリスクの可能性を本当に極小化できているのか」を想像することなく、「これからの技術水準を維持発展させるためには原発が必要だ」と考えてしまった結果が今の状況である。

 既に原子力に関しては、「今すぐ核を全廃することはできないが、とにかく増やさないで安全確保に力を注ぎ、時間をかけて縮小していく。寿命の尽きたものは順次廃炉にしていく。他方、全力を傾注して代替エネルギーを開発し、その促進に向けた諸制度や法律などの整備を行っていく」という、中長期的なコンセンサスはできあがっているように思う。少なくとも日本においてはだが。

 「(主力と想定される)太陽光発電の本格的実現までには30〜40年はかかる」といわれているが、特段の手を打たなければそれくらいかかる技術開発を、今から加速度的に進めるしかない。