東日本大震災の被災地で、「認知症の人」たちが急激な環境変化に苦しんでいる。

 グループホームなどの施設本体が地震や津波で壊れたり、
 原発事故で避難したりで、「引っ越し」を余儀なくされ、
 新しい環境になかなか適応できないでいるのだ。

 認知症の人は、最近の記憶が薄らいでいる。
 トイレの位置、部屋の間取りなどを体感でどうにか覚えている状態だ。
 しかし、場所が変わってしまうとまたゼロに戻る。
 時間や周囲との関係がどんどん曖昧になって、不安が高じる。
 自分が壊れそうな不安にさいなまれる。
 認知症の人は、同じことを何度も尋ねる傾向があるが、
 これは不安感や焦燥感の表れなのだという。

 被災地では、ただでさえ少ない介護者が激減していて、
 認知症への対応が緊急の課題になっている。

 認知症の有病率は、65歳以上で平均14.4%、85〜89歳では3人に1人の
 割合だという(厚生労働省科学研究費補助金総合研究報告書
 「認知症の実態把握に向けた総合的研究」)。
 これだけ一般化すれば、特殊な病気とはいえまい。
 私もあなたも、いずれは認知症になっていく可能性は高い。

 自分も認知症になるのだと思えば、「認知症患者」
 などと突き放した表現はしにくくなるのではないか。
 何より患者扱いして対応していると、当人の症状が和らがない。
 医学的な対処に万全を期すことはもちろん重要だが、
 まずはその人の存在、人格を認めることだ。

 認知症の高齢者の訪問診療を行っている木之下徹医師(こだまクリニック院長)は、
 2011年2月に開かれた「第二回ターミナルケア研究会」で、こう語っている。

 「認知症に伴っておこる幻覚、妄想、攻撃的な言動などを指すBPSDは、
 いまだに“問題行動”あるいは“異常行動”というスティグマ
 で捉えられがちです。

 私も家族から『静かにする薬を処方してくれ』と言われることがしばしばです。
 しかし、よくよく聞いてみると、便秘のせいだったりするわけです。
 あるいは、対応が刺々しくなることで、ご本人がますますエスカレートする。
 この悪循環が回り始めると、泥沼になってしまう。

 訪問診療を通じて観察を重ねると、
 だれでもそういう環境に置かれたら、
 そういう症状が出ても無理はない、と思えてしまう。
 そういうプロセスの腑分けなくして、いきなり、“問題行動”
 あるいは“異常行動”と考えるのは危険だと思う訳です。

 私が今、気になっているのは認知症“患者”という呼び方です。
 海外では既に用語を変更する動きがあります。それらの論文によると
 “患者”という言葉は、人間性を狭める意味を帯びた
 スティグマ的表現だと言うのです。
 平等な価値を有する人間性全体を示す“人”という言葉に
 改める国がふえてきました。
 日本でももうそろそろそういう用語を、
 『痴呆』のみならず、見直すべき時期かもしれません」

 認知症の人とは、会話が途絶えがちになるが、
 話をすることで脳が活性化され、不安感も徐々に薄らいでいく。
 認知症の人には、ゆっくり、分かりやすく話す。
 一度に複数のことを話しかけてはいけない。
 コミュニケーションには忍耐とコツが肝要だ。
 これを体得するには、まず、相手を「人」と認めることから
 始めないといけないのではなかろうか。

【訂正】
2011.11.29に以下を訂正しました。
・第5パラグラフ1行目で、認知症の有病率を「65歳で平均14.4%」としていましたが、正しくは「65歳以上で平均14.4%」です。お詫びして訂正いたします。