診察室から待合室へ
 大人の社会で当たり障りのない会話といえば、挨拶や暦や天候などが思い浮かびます。一方、子供においては、大概の場合、どんなことでもいいので、その子の良いところを見つけてほめてあげると会話が弾みます。その際、子供と目線を合わせて、低いところから話をすると、子供達は安心を得ます。

 とはいえ、診察室に来た子供に、根掘り葉掘り、世間話をするのでは、両親の印象もよろしくないため、私は途中から普通に診察を行うことにしました。その代わり、診察を終えてからそれとなく診察室を出て、待合室で調剤を待っている子供達としゃがんで話をしてみることにしました。

 診察室では気がつきませんでしたが、待合室では、熱や咳がある子供も皆、様々なおもちゃを持参して遊んでいました。「おりこうに診察できたね」と言って頭を撫でてあげると、皆恥ずかしそうに笑ってくれます。少し経つと4、5人の女の子がぬいぐるみやお人形を持って集まってきました。「このぬいぐるみのお名前はなに?」「この子の大好物はなにかな?」、と私が質問をすると、皆楽しそうに会話を返してくれました。待合室のほんのひとときで、心の扉を開くには程遠い時間でしたが、皆が楽しく口を開いてくれたことを私はとても嬉しく感じました。

診察室では気づかなかった共通点
 その時、母親の一人から「最近ミルクがまた大好きになっちゃって…」と相談を受けました。その子は2歳半ぐらいの男の子で、母親は特に断乳を急いだ様子もないようです。その子が持っていたタオルケットについて母親に尋ねると、「お気に入りのタオルで、寝るときも一緒なんです」と教えてくれました。

 それから私は、診察を終える度に待合室に出て子供達とおもちゃの話をしました。観察するうち、幾人もの子供が、ぬいぐるみやタオルを持っているという共通点に気づき、これは被災地という環境がもたらした「移行対象」ではないかと思いました。

 移行対象(transitional object)とは、子供が発達していく通常の過程で、養育者や慣れ親しんだ環境から離れていく際、自身の内的な世界と外的な現実の間の隙間を埋めるための媒介物とされるものです。1歳以降の子供に見られる現象で、指しゃぶりのほか、いつも同じタオルを母親の代わりのように持って寝たり、安心のためにぬいぐるみを離さない子もいます。保育園に通い始める時期や、入院など不安な環境にさらされる子供にもしばしば見られます。その程度によっては、小児期の不安神経症の初期徴候(ソフトサイン)と診断されることもあります。

 昭和25年5月5日に宣言された「児童憲章」の第1項には「すべての児童は、心身ともに、健やかにうまれ、育てられ、その生活を保障される」、また第3項では「すべての児童は、適当な栄養と住居と被服が与えられ、また、疾病と災害から守られる」と掲げられています。

 子供は不安を訴える手段に乏しいため、周囲の大人は子供が不安を抱えていることに気づきにくいものです。短い時間ではありましたが、私は被災地の子供達と接した中で、心の扉の奥にあるソフトサインを見逃さないことの切実さ、被災地の子供達の心のケアに長期的に関わることの必要性を強く感じました。