コンテナ診療所の常連さん
 そんな中、7歳の男の子が自転車に乗り、一人診察に訪れました。「微熱がある」と言いますが、熱を測ると36.6度。咳が出るとも言うのですが、風邪の所見はありません。カルテを見ると、もう何日も続けて来ています。すると、ある看護師が私の耳元に「この子は周りに遊び場がなくなり、毎日ここに遊びに来ているのよ」とささやきました。

 生活そのものが脅かされる中、子ども達の多くが不平も言わず礼儀正しく診察を終えて帰っていくのは、「心の中の不安や不満を外に表すことができない状態に陥っているのかもしれない…」と、彼の行動を通じて私は感じました。

 心理療法では、こころの中の不満や怒りを外に表出させることが、治療上、大きな意味を持つとされます。逆に、不安な気持ちを外に表すことができなくなることは、大きな問題とされています。心身症やPTSD(心的外傷後ストレス症候群)も、様々な体験からできた傷が心に内在したまま、外に表出しえないことが引き金になるのです。

 医療カウンセリングの根本は、患者さんの話を共感的な姿勢でじっくり傾聴することです。しかし、特に小児におけるこころの診療は、傾聴するだけではなかなかうまくいきません。子どもはこころの内面を周囲に表現するためのスキルや手段に乏しいので、身近な大人でさえ、その負の訴えに気づきにくいのです。

そばに寄り添って子どもの話に耳を傾けるだけではなく、こころの奥に潜んでいる悩みや不安を医療者が上手に表に引き出し、「こころの扉」を開いてあげることが必要なのです。臨床心理で用いられる「絵画療法」や「箱庭療法」は、まさに表現力の乏しい子どものこころの病理を具体的に紐解き、引き出してくれるツールと言えるでしょう。

 さらには、大震災がもたらした特殊な環境が「皆が頑張っているときに不満を言ってはいけない」「わがままを言う子は、良い子じゃない」という、子どもなりの倫理観や責任感を生じさせ、こころの不安の表出に見えない規制をかけていたのかもしれません。

 コンテナ診療所には箱庭もなく、彼のこころの奥にどれほど深い感情が潜んでいるのかは測りえませんでした。診察後、私は彼にのど飴を数個手渡し「大丈夫だよ」と何度も頭を撫でました。受付の看護師も「また明日もおいで」と声をかけていました。

 心理療法では、カウンセラーが何十回も面接を重ねるうちに、少しずつクライアントがこころを開いてくれることがあります。毎日診療所に遊びにくるうちに、何時の日か、彼のこころの問題が上手く外へと表出されて、やがて逞しく成長してくれる時が訪れるのでしょうか…。

 そんなことを思いながら、4月下旬、私は診療所を後にしました。