医療支援は来ても食料と水は来なかった
 病棟の63床は、ファーストアタック後に既に埋まっている。しかし病院には昨日、万が一に備えてと自衛隊から老人保健施設に運び込まれた30床の簡易ベッドがあった。“神の恵みの30床”に感謝しなければならない。27人のうち、重症の5人はリハビリテーションセンターに設けた重症者向け病床に、経管栄養や寝たきりの高齢者など残りの22人は老健の病床に入ってもらった。セカンドアタック後の救急外来を受診し、入院となった患者も含め、全体で110床を診ることになった。

老健施設に置かれた自衛隊のベッドに入院した転院患者。

 もっとも、常勤職員だけでは全ての患者を診きれない。DMATの支援を手厚くしてもらい、病院の職員は病棟の入院患者を担当し、DMATが数チームが転院してきた老健の入院患者と、リハビリテーションセンターの重症の入院患者を手分けして診ることになった。救急外来もDMATが受け、トリアージしてイエローとレッドはDMATが、グリーンは病院で受ける体制とした。これなら夜間も含め、DMATと病院の職員で対応できそうだ。

 ところが、である。医療についてはDMATからの支援が届いたものの、食料と水については当然どこからも供給がこない。もともと病院に備蓄してあった63床×3日分はファーストアタック後から徐々に使っており、一部追加の支援物資は届いたものの、想定外の入院患者を抱えたために、どう計算しても翌日朝の食料と水が足りないのだ。DMATの先生がDMAT本部に電話で掛け合ったが、本部もセカンドアタックの対応に追われている。病院の職員が熊本市の災害対策本部に電話しても「できるだけ早く送ります」と返って来るだけだった。

 方々に連絡し、要請した結果、自衛隊の給水車がやって来てくれ、1日分の水を補給できた。翌日になって地元の弁当屋からは、100食分を作ってくれるという知らせが届いた。これで入院患者全員の一食分の食料は確保できる。刻み食やトロミ食を食べている高齢者にとって、普通の幕の内弁当は厳しいが、食べられるものだけ食べてもらうことにした。

東病院の緊急震災対策本部。

 国保水俣市立総合医療センター(熊本県水俣市)の坂本不出夫先生からも、貴重な備蓄の食料が届いた。おそらく向こうも大変なのに、本当にありがたかった。食料と水がないという病院の惨状を聞きつけたあるテレビ局の報道番組の電話インタビューを受けたが、放送後、トラックで食料や水を届けてくれた知り合いもいた。止まっていた電気も復活した。

 それと前後して職員の食料や水の確保も課題になっていた。市内のスーパーやコンビニはほとんど閉まっている。避難所や車中に家族と避難している職員もいた。配給の列に長時間並べば食料や水も手に入れられるのかもしれないが、病院で働いている職員は支援物資を手に入れることができない。

 セカンドアタックの後には、地元の弁当屋から買ってきた弁当を職員にも配ったが、その場で食べない職員もいた。後から事務長に確認すると、「貴重な弁当は子供に食べさせたい」と、持って帰ったとのことだった。これでは職員がバテてしまう…。知り合いから集まった支援物資を職員にも持って帰ってもらうようにし、少しずつ余裕が出てきた。