4月14日21時26分に熊本県で発生した震度7の地震は、その後も断続的に強い余震が続き、熊本県中部の益城町を中心に家屋倒壊などの被害が広がっている。日経メディカルでは4月15日23時、「“虎”の病院経営日記」を連載している東病院(熊本市南区)理事長兼院長の東謙二氏に電話取材を行い、熊本地震発生直後からの病院の状況について聞いた。本稿はその取材を基に構成したものである。なお4月16日1時25分に発生した震度6強の地震後の対応については、追って続報する。


 14日の夜は、珍しく飲みに出ておらず、自宅にいた。激しい揺れを感じ、本棚は倒れ、ガラスや食器が割れて床に散乱した。これはダメだ……。病院の診療部長を務める妻と、子供と一緒にすぐに自宅の隣にある病院に向かい、職員と家族が無事であることを確認した。

 地震直後から病院には、職員が集まってきた。医師や看護師だけでなく、リハビリテーションセンターの理学療法士や作業療法士、老健施設や通所リハの介護福祉士や運転手なども続々とやってきた。

 東日本大震災で被災地支援に行った経験から、東病院では職員に常日頃から、「震度5弱以上の地震が発生したら、可能な限り病院に集まるように」と言ってきた。それ以降これまでに、九州北部豪雨や台風での停電など、何度か非常時を経験したが、その度に多くの職員が自発的に出勤。ホワイトボードに出勤した職員を書き出して、その時々で必要な任務を振り分ける体制が整っていた。

 今回こそが本番だ、と思った。病院には、ウォークインや救急車で徐々に患者が運ばれて来た。集まった職員は非常時の体制で診療に当たっていた。

 ところが22時過ぎ、再び大きな揺れに襲われ、電気が消え、非常用の自家発電に切り替わった。病院全体が薄暗くなった。停電である。そこで、50個程度備蓄していた非常用のランタンを病室や診療室に配り、廊下には自家発電で投光器を設置。診療ができる程度の明るさを確保した。

 もっとも、自家発電ではCT検査が行えず、頭部外傷は診られない。救急隊には「CT検査が必要になるような患者は基幹病院へ送ってほしい。点滴や処置で対応できる患者はこちらで引き受ける」と伝えた。その後は基幹病院のCT検査で異常がなかったものの全身を打つなどして動けない患者、調理中に地震が来て鍋のお湯で下腿熱傷となった患者、ガラス片や屋根瓦で切創や擦過傷を負った患者などが次々と運び込まれた。

 「自宅では夜を過ごせない」という近隣の患者家族も集まってきた。その数、20〜30人。余震は一向に収まらず、家族を連れた職員も出てきた。東病院の病床数は63床。50数床はもともと入院患者で埋まっており、救急搬送されて入院となった患者を収容するとベッドには余裕がない。

 病棟だけでは対応できないと判断し、リハビリテーションセンターにマットを並べ、患者の家族の寝る場所を確保。敷地内の老健施設も職員の家族などが泊まれるように開放し、毛布やお茶を配った。幸い断水はなかったので、トイレはバケツに水を汲んで対応した。備蓄してある非常食は63床×3日分。患者の家族などに配ると1日半しかもたない計算だが、「朝食から全部配ろう」と決めた。停電でテレビはつかないので、被害状況はラジオから把握した。

 職員は全員徹夜となった。15日朝までの救急患者は20例、入院患者は10例。幸い15日の朝3時か4時には電気が復旧し、CT検査もできるようになった。6時になると、鹿児島災害派遣医療チーム(DMAT)の先遣隊が状況把握にやってきた。DMATは大勢の職員が働いている状況に驚きつつ、必要な支援について聞き取りを始めた。

 何より必要だったのは、食料と飲料水だ。断水はなかったが水道水が濁っていて飲めない状況だった。滅菌ガーゼや消毒液などの資材も底を尽きかけていた。医師や看護師の人的援助はすぐに必要な状況ではなかったが、支援できるということだったので、入ってもらうことにした。

 その後すぐに、自衛隊の給水車、自治体からのパンが続々と到着。6時ごろテレビ報道で「済生会熊本病院の救急が受け入れできない状態」と伝えられていたので、「本当かな…」と思いつつ、万が一に備えて自衛隊から30床の簡易ベッドも運び込まれた。

 8時になって、済生会熊本病院副院長で医療連携部長の町田二郎先生に電話したところ、「救急がストップした事実はない」と判明。そもそも同病院は地震を受け、15日、16日に予定していた手術をすべて中止し、術後の患者のために確保していた約80床を空けて確保しているという。なぜあんな報道が出たのかよく分からないが、とにかく誤報だった。

 東病院には15日昼頃からDMATの支援が入った。リハビリと通所リハを中止し、予約されていた通常の診療と救急対応のみとし、手が空いた職員は病院の片づけや自宅の片づけに戻った。夜間もDMATの救急救命と脳神経外科の医師、看護師から成る2チームに支援してもらえることになり、常勤医1人を残して救急対応はDMATにお任せすることにした。徹夜した職員にも疲労がたまっていた。私も仮眠を取ることができ、15日23時過ぎ、これから現場に戻るところだ。

 これまでの対応で痛感したのは、非常時に職員が集まることの重要性だ。診療に当たる医師や看護師だけでなく、理学療法士や作業療法士、介護福祉士、運転手などが大勢集まってくれた。手が空いた職員を診療以外の任務に充てられたことで、早期に病院の体制を立て直すことができた。

 ただ、今回の地震は余震が続いている。かなり大きな揺れを感じることも多い。職員には冷静になるように伝えてはいるが、被災者にも医療者にも、目に見えない精神的なダメージが蓄積しつつあると実感している。(談)