名古屋大学医学部附属病院:非常時に運用する電子カルテ代替システムをユーザーメードで開発

BCPのシステムとしての役割も担う

 12月30日午前6時〜1月2日午前6時(記録操作は午前3時まで)までの3日間の稼動期間で、電子カルテ停止時システムの利用者数は925人(医師289人、看護師569人、その他67人)、延べ利用回数は7266回(医師2249回、看護師4597回、その他420回)。入院患者543人、外来患者131人に対して、6289件の記録が発生した。

●3日分のデータは3分半で新電子カルテシステムに移行

 「年末年始といえども、予想以上の利用者と件数がありました。電子カルテ停止時システムがなければ、6000件を超える記録を手書きしなければならなかったわけですから、大変な負担になったでしょう。新システム稼動後に、手書き記録をスキャンしたり、電子カルテに入力し直したりする膨大な手間も回避できました」(吉田氏)と、電子カルテ停止時システムの運用成果を強調。「実際に利用した職員から、コメント機能を通じて“イイね!”をたくさんもらいました。もちろん、いくつかトラブルシューティングの依頼もありました」と吉田氏は笑う。

電子カルテ停止時システムの処方オーダーの画面

 電子カルテ停止時システムに記録したデータを新電子カルテシステムに引き継ぐ作業は、新たに開発した電子カルテ送信用のプログラムによって、わずか3分30秒で完了。一部ルールの処理を手作業で行う必要が出てくると予想して、午前3時から6時までをデータ移行時間に充てていたが、はるかに短時間で実施できた。処方オーダーや病棟移動情報は今回データ移行しない設定だったため手作業での入力作業が発生したが、今後はデータを引き継げるようにする予定だ。

 「電子カルテの代替システムをしっかり整備すれば、更新時の電子カルテ停止期間を無理に短縮する必要はなくなります。移行期間を短縮しようとすると、医療情報システム部門やベンダーに大きな負担がかかり、その結果ケアレスミスも増えます。その意味でも、電子カルテ停止時システム開発の成果は大きいと自負しています」(吉田氏)。

●災害時のバックアップシステムとしてBCPに組み込む

 吉田氏は、システム更新時の電子カルテ停止時システムを運用してみて、災害などで電子カルテシステムが利用できなくなった状態でも、このシステムがあれば診療の継続は担保できるという自信を得たという。しかも、FileMakerのサーバーさえ稼働できる環境であれば、ネットワークインフラの状況によって有線LANや3G回線を使い分け、デスクトップPC、ノートPC、iPad、iPhoneなど端末を選ばずに運用できる利点もある。

 災害や事故でシステムやインフラが被害を受けたレベルによって、電子カルテ停止時システムの運用方法も変わる。まず、基幹電子カルテシステムがダウンしたが停電やネットワーク障害がない最も軽微なレベルでは、今回のシステムを運用すれば診療継続が可能であることは実証された。

 大規模災害に伴う停電が起こって、システムやネットワークインフラが機能しないが、職員は無事で自力復旧が可能なレベルでは、バックアップデータとiPadなどで運用が可能。問題なのは、停電が長期にわたる場合で、FileMakerサーバーもネットワークも利用できなくなる。名大病院では、普段も定期的にFileMaker Serverのバックアップを実施しているが、災害時用にノートPCにもバックアップデータを保存しておくことと決めている。FileMaker Serverのデータは全部で数十ギガバイト程度なので、ノートPCでもバックアップは十分可能という。災害時にはこのノートPCのFileMakerデータを、FileMaker GoをインストールしたiPadにiTunes経由でダウンロードして運用する。

 「各病棟では、院内マニュアル参照用に約100台のiPadを利用しています。FileMakerデータを保存したマザーノートPCから、それぞれの病棟データだけをダウンロードし、各病棟専用の災害時電子カルテシステムとして運用できます。また、名大病院受診歴のある患者約100万人の診療データを複数台のiPadに分けてダウンロードし、過去の履歴参照などが可能。災害救急時の利用価値も高いといえます」(吉田氏)。

電源やネットワークがダウンしてもiPadによって電子カルテ停止時システムをスタンドアロンで利用できる

 そして、システム、インフラ、病院職員が大きな被害を受け、外部救援が必要な甚大な被害レベルでも、電子カルテ停止時システムの運用は可能だと吉田氏は指摘する。「もし、FileMakerのバックアップシステムをプライベートクラウド上に設置し、それを母体のシステムにできれば、ですが。富士通と共同で『名大の森』を他の病院と共有するプロジェクトを進めており、富士通のデータセンターのシステムをVPNで利用できる環境にあります。この仕組みを利用すれば、当院の診療データを他院でiPadにダウンロードして運用可能です」(吉田氏)。

 たとえば、名大病院が壊滅的な被害を受けた場合、協力者にプライベートクラウド上のデータをiPadに格納して名大病院に届けてもらうというわけだ。「日頃、日本ユーザーメード医療IT研究会(J-SUMMITS)のメンバーとは交流を深めています。協力者になってもらえるのでは」(吉田氏)。

 もちろん、このBCP構想は吉田氏の構想のレベルだが、インフラ、ハードウエアに関しては、現時点でもすべて名大病院で準備可能だという。「ネットワークインフラが被害受けていない状態なら、参照系電子カルテとして富士通のHumanBridgeが利用可能。FileMaker DBクラウド化は、富士通との共同研究で整備済み。緊急時利用可能なiPadは院内に100台。紙伝票で運用した検査機器とは、InterSystems Ensembleで情報伝達。処方せんを印刷するBluetooth対応モバイルプリンターも所有しています」(吉田氏)。

 吉田氏は最後に、医療におけるBCPのシステムで重要なポイントとして、(1)自分たちだけでハンドリング可能なシステム、(2)機動性、携帯性の高い小回りの利くシステム、(3)緊急時にも修正可能なシステム、(4)院外の医療者にも馴染みやすいシステム、(5)情報の二次利用が容易なシステムの5点を挙げた。

 「広域の大規模災害ではベンダーの支援は限られますので、自分たちだけでハンドリングできるシステムであることが非常に重要。緊急システムにはトラブル発生は付きものなので、イレギュラーな診療形態に即応したシステム改変が自分でできることも大切です。それゆえに、電子カルテ停止時システムはユーザーメードであることが重要で、そのツールとしてFileMakerの有用性は高いと思っています」と吉田氏は解説する。

(増田 克善=医療ITライター)
 


 

■病院概要
名称:名古屋大学医学部附属病院
住所:名古屋市昭和区鶴舞町65
設立:1931年
病院長:松尾 清一氏
診療科:血液内科、循環器内科、消化器内科、呼吸器内科、糖尿病・内分泌内科、腎臓内科、血管外科、移植外科、消化器外科、乳腺・内分泌外科、整形外科、リウマチ科、手の外科、産科婦人科、眼科、精神科、親と子どもの心療科、小児科、皮膚科、泌尿器科、耳鼻いんこう科、歯科口腔外科、脳神経外科、老年内科、神経内科、呼吸器外科、心臓外科、形成外科、小児外科、総合診療科病床数:1035床(一般病床985床、精神病床50床)
職員数:1644人(医師299人、看護師954人、医療技術職員242人、事務職員149人)
Webサイト:http://www.med.nagoya-u.ac.jp/hospital/
導入システム:ファイルメーカー「FileMaker Server」「FileMaker Pro」「FileMaker Go」

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