帝京大学:クラウドを利用したPHRプラットフォームを提案

生体認証、コンティニュア規格、クラウドを活用

指静脈認証で認証する様子

 また今回の実験では、Bio IDデータとして、静脈パターンや名前・年齢・性別、ID情報などだけを用い、社会的な属性を登録していない。「管理性やセキュリティを考えて学内にBio IDデータ用のデータベースシステムを設置していますが、これをどこに置くかも議論していく必要があります。利用者の増加に伴って認証データも膨大になりますし、データの扱いが難しいということをしっかり理解して設計・管理しなければなりません」(澤氏)と指摘する。

●標準的なデータ交換規格を採用し、クラウド乗り換えを可能に

手のひら静脈認証用の機械。銀行などに導入されているのと同機能の製品。

 もう1つの特徴は、クラウドサービスとデータをやり取りする際のデータ交換規格として、CCR(Continuity of Care Record)を採用したこと。CCRは国際的な標準化団体であるASTMインターナショナルが策定した医療データ交換のための規格で、身体的特徴をはじめ、病歴や薬歴、アレルギーなどの経過的な診療記録のやり取りを標準化したものだ。

 「Google Healthや米マイクロソフトのHealth Vaultなどにも使われており、データの相互運用が可能になります」(澤氏)。CCRに準拠したクラウドのPHRサービスなら、利用者が自分の都合でサービス事業者を乗り換えることができるという。

顔認証用のカメラ

 現在、韓国のソウル大学でもiPhoneにPHRアプリを実装して利用できる環境を構築し、CCRに準拠したクラウドサービスの実験を行っている。澤氏らの研究グループは、同大学との相互運用に関する実証実験も行っていく計画だという。

 澤氏は、「海外のPHRサービスと連携することで、(安価で質の高い医療を受けるために海外の医療機関を利用する)メディカルツーリズムや旅行中の事故・病気の際に活用できる可能性があります。民間健康サービス事業者によるPHRデータの囲い込みが激しくなっているという印象を、私は持っています。今後のことを考えると、サービス運営主体を変えたいときに容易に移行できるような環境を整備しておく必要があります」と述べる。

●健康データの所有者は個人、データの2次利用も個人の意志で決定

 PHRには有用性も大きい半面、解決すべき課題もある。民間企業がPHRや健康管理サービスに参入するようになり、健康データの所有者は誰か、2次利用がどこまで許されるのかについて合意が形成されていないこともその1つだ。営利企業によるサービス提供が多い米国では、本人の知らない間に商用利用されるケースも散見されるという。

 「当大学にも、保険会社などからデータを利用させてほしいという話が来ていますが、基本的に学術利用に限って許可しており、商用目的の利用は認めていません。(患者から医療機関への)データのドネーション(寄付)という考え方もありますが、仮に寄付されたデータであっても、勝手に商用利用することは非常に問題です。2次利用の可否は本人が決める必要があります。データは個人の所有物であるという共通認識が大切です」(澤氏)。

分かりやすくグラフで表示できる。CCR(Continuity of Care Record)を採用したのでGoogle Healthなどとも相互連携が可能

 澤氏らは今回、2次利用の問題に対する提案として、クラウドサービス上に構築したWebアプリケーションに、データの匿名化提供機能を実装した。設定画面では、血圧や体重、体脂肪、血液型などのデータと、生年月日、性別、職業などの属性情報を医学や医療のために提供するかどうか、利用者本人が決定できる。

 医療機関が持つ病歴や薬歴情報をPHRへ登録する際も、本人の意志による必要がある。実証実験システムでは、CCRによって病院の電子カルテシステムとの連携も可能だ。今回は、帝京大学附属病院で、中核の医療情報プラットフォームである「iEHR」に試験的な機能としてCCRインタフェースを実装し、電子カルテシステムから本人の同意を得てPHR向けのデータを出力できるようにした。

 ただし現段階では、カルテの投薬情報などをPHRに登録する機能は用意していない。「投薬情報などをPHRに登録するのは、患者さん本人の意志と自らの操作で行うべきです。仮に当病院で実施したとすると、患者が自分のカルテ情報にアクセスできる端末を外来に設置し、データ登録用に作成したインタフェースで患者本人が情報を選んで自分のPHRサービスに送る、という方法になるでしょう」(澤氏)。

●個人にも医師にもメリットは大きいが議論すべき点や課題も山積

 澤氏は、医師にとっても個人にとっても、PHRデータを利用するメリットは大きい、と強調する。例えば、服薬情報やアレルギー情報が登録されていれば、初診の患者や救急患者のアレルギーチェックや薬の相互作用チェックを、素早く実施することが可能だ。状況によっては、患者を診る前にバックグラウンドで実施できる。患者にとっても、医療者に自分の普段の健康状態を伝える際、いちいち自分で説明しなくてもデータを参照してもらえば済むといった利点があります」(澤氏)。

スレートPCでも表示が可能。キーボード操作がないため、老人など“IT弱者”にも優しい

 「意外に思うかもしれませんが、これまで病院内で健康について語られることはほとんどありませんでした。健康な人、健康だと思っている人は病院に来ないからです。健康であるかどうかは本人の意識に左右されることが多いのですが、個人が普段の状態を数値化したデータとして持つことで、医療者との間で健康についてコミュニケーションできる環境を構築できます」(澤氏)。

 澤氏は、対症療法的で疾病中心の従来の医療から、「Proactive(先行的・予見的)」「Lifestyle Oriented(生活スタイル中心)」「Continual(連続性・継続的)」という新パラダイムの医療に移行していくという持論を持つ。この新パラダイム実現のためにも、健常時を含めて健康データを簡単に取得し、医療機関に提供できる仕組みが必要という。「日々の健康データを簡単に測定・登録できる環境があれば、患者も情報提供を継続しやすいでしょう」(澤氏)という。

 ただし、PHRプラットフォームのあり方については、多くの課題がある。澤氏も、これから議論を重ねていく必要があることは、十分に認識している。たとえば、医療データにおけるプライバシー問題に関しては、「住所や所属などの社会的属性と生物学的属性を切り離して管理・利用すべき」と澤氏は主張する。その一例として、各種健康データのクラウド利用とセキュアな生体情報・ID管理の方法を提言した。

 生体認証についても問題がないわけではない。本人認証としては、唯一無比・生涯不変という特性から、なりすましなどの不正行為防止に威力を発揮するが、パスワードやICカードのように更新ができないため、いったん複製などによって認証を突破されると、安全性の回復は困難になる。このため、PHRサービスから脱退したときに、脱退者の生体情報が確実に無効化される仕組み作りも欠かせない。

 澤氏は「今回の実証実験は、本人認証やクラウド環境による健康情報保管のあり方、医療者のPHRデータ活用の仕方など、さまざまな論議を進めていくための提案です」と説明する。今後、同氏らが立ち上げた「医療情報システム創成機構」で、研究内容を一般公開していく予定だという。

(増田 克善=日経メディカルオンライン/デジタルヘルスOnline委嘱ライター)

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