事例研究:わかしお医療ネットワーク(千葉県立東金病院)

地域ぐるみで取り組む生活習慣病診療の質向上へのネットワーク戦略

 千葉県立東金病院が中核となって構築した「わかしお医療ネットワーク」。2001年に実証実験として立ち上げた同ネットワークは、循環型の地域医療連携として注目を集めてきた。全国各地で医療連携の実現を模索する地域が多い中で、わかしお医療ネットワークが「成功している」と評される背景には、立ち上げの中心となった東金病院の平井愛山院長による地域の診療所とのヒューマンネットワークの形成と、診療所医師への技術移転に尽力したことがある。そうした活動をベースに、地域共有電子カルテを中心とした医療情報ネットワークシステムをプラットフォームとして活用した結果、地域医療の再生に向けた効果を徐々に生み出しつつある。




●医療過疎を救うべく目指した循環型地域医療連携


 千葉県は、東京に隣接する北西部と太平洋沿岸部および半島部との医療格差が大きく、特に九十九里沿岸の山武地域6市町(東金市、山武市、大網白里町、九十九里町、芝山町、横芝光町)の医療過疎は深刻な状況にある。人口約22万人を抱える山武地域の医療を担っているのは、1953年に開設された千葉県立東金病院(病床数191床、17診療科)をはじめとした3カ所の公立の中核病院、4カ所の民間病院、および約90カ所の診療所だ。地域内の医師数は約180人で、人口1人あたりの医師数としては全国平均の半分以下、千葉県下でも最低という医師不足の地域である。


 こうした医療過疎の問題に加えて、1990年末には、糖尿病が悪化して下肢を切断しなければならない状態になる糖尿病性壊疽の割合が全国平均の約5倍と極めて多い、という地域的な重い現実に直面していた。山武地域における糖尿病患者数は約1万2000人と推定されるが、それに対して糖尿病治療を提供できる医療体制が十分でないために、病状の悪化を招いた結果がその数字に表れていたのである。


技術移転を含んだ活動こそが医療連携だと言い切る、平井愛山氏

技術移転を含んだ活動こそが医療連携だと言い切る、平井愛山氏

 「極端な病院勤務医の不足に加えて、当時は糖尿病専門医が当病院に2名、国保成東病院に1名だけ。両病院で約600人のインシュリン療法を必要とする患者さんを抱えていましたが、圧倒的に医療供給体制が不足していました。特に問題だったのは、約90カ所ある診療所に糖尿病専門医がひとりもおらず、地域全体で糖尿病治療を提供できる環境になかったことです」。1998年に県立東金病院の院長として着任した平井愛山氏は、当時の山武医療圏が抱えていた問題をこう振り返る。

 病院勤務医が不足し、医療過疎が深刻化している地域では、これまでの病院勤務と診療所医師の役割分担を再度見直し、より一層の機能分担を進めて連携強化を図ることが地域医療の再生に不可欠だと考えていた平井氏だが、同氏が目指したのは「循環型地域医療連携」を基盤にした地域完結型疾病管理モデルの実現だった。そのプラットフォームとして構築したのが、「わかしお医療ネットワーク」である。

シームレスな医療連携には技術移転が不可欠

 「地域医療連携には、『双六あがり型』と『循環型』の2つのケースがある」と、平井氏は指摘する。脳卒中や心筋梗塞のような疾病に対応する急性期治療とリハビリテーションを主体にする回復期、維持期をそれぞれ機能の異なる医療機関でつなぎ、地域で完結した医療を提供するのが「双六あがり型」だ。医療連携で最も多く見られるケースだが、それには急性期医療を担う中核病院をはじめ、それぞれの機能を果たす医療機関がバランスよく地域に存在しないと実現は難しい。それに対して「循環型」の医療連携は、患者は半年あるいは年1回のペースで地域の中核病院で診療を受け、毎月の診療は診療所で行いながら、病院と診療所を循環していく受診していく方式である。

 「特に糖尿病など生活習慣病は、合併症に至った患者さんや新規の患者さんをすべて病院で受け入れるのは不可能な状態。したがって、合併症や血糖コントロールができていない患者さんの治療や定期的な精密検査、治療方針の決定などを病院で行い、コントールできている患者さんは診療所に逆紹介して、内服剤療法管理はもとより、さらにインシュリン療法の管理までを実施できれば、地域ぐるみで糖尿病診療体制を充実させることが可能になります」(平井氏)。そもそも東金病院自身が脳卒中や急性心筋梗塞などの急性期医療に十分には対応できる体制になかったこともあるが、平井氏が糖尿病・内分泌系専門医であることと地域の糖尿病医療問題があったことから、循環型の医療連携による疾病管理モデルを構築しようと指向したのである。

 ところが、先に記したように、当時は糖尿病の専門医がいる診療所はなく、インシュリン療法の糖尿病患者の治療を引き受けていた診療所はわずか1カ所しかない状態だった。循環型の医療連携を実現するためには、連携する病院とかかりつけ医(診療所)の間で診療情報を共有するとともに、インシュリン療法を含む糖尿病診療が同じレベルでシームレスに継続できることが不可欠。それには非専門医である診療所の医師の糖尿病に関する知識や技術を底上げすることが前提となる。

 「糖尿病など生活習慣病の医療連携は、中核病院にある一定数のスタッフがいなければもちろん成立しませんが、診療所の非専門医に知識や技術を移転するという、種まきと水やりで育てていく作業が非常に重要になります。循環型医療連携は、人材育成や技術移転が必要な医療連携であり、それによって地域の医療レベルの底上げが可能になるとともに、地域の患者さんを『面』で支えていくことができます」(平井氏)とし、技術移転を含んだ活動こそが医療連携だと言い切る。

 そうした取り組みの一例が、東金病院主催のイブニングセミナーやプライマリ・ケア医向けの糖尿病管理のガイドライン(SDM:Staged Diabetes Management)を活用した勉強会である「山武SDM研究会」(現:九十九里SDM・CKD研究会)の開催である。こうした活動を通して平井氏を中心とした東金病院スタッフは地域の診療所医師とのヒューマンネットワークづくりと技術移転を行ったことが、わかしお医療ネットワークの実現の下地となったのである。

情報共有の実現と技術移転を加速した医療ネットワーク

 わかしお医療ネットワークは、2000年に通産省(現:経済産業省)補正予算公募事業である「先進的情報技術活用型医療機関等ネットワーク化推進事業−電子カルテを中心とした地域医療情報化−」に応募し採択され、パイロットプランとして構築したもので、現在では東金病院を中心に、診療所、保険調剤薬局、訪問看護ステーション、保健センター、介護施設等の施設を結んで利用されている。日本で初めて予防から在宅医療までをITソリューションで結び、これからの地域医療のモデルを作ったことでも注目され、多くのメディアでも取り上げられてきた。


 地域医療連携ネットワークシステムのプラットフォームは、NTTデータと東金病院が協働で開発・構築を行った。主なシステムは、地域共有電子カルテシステムを中核として、生活習慣病ガイドラインシステム、在宅糖尿病患者支援システム、生活習慣病遺伝子診療支援システムから構成されている。


 病診連携では患者基本情報、紹介・逆紹介状、診察所見、検体検査データ、画像データなどを電子カルテ上で共有している。診察所見はSOAP書式で記載するものだが、それぞれの項目はあるものの比較的自由に記述できるようにして、使いやすさに重点を置いたつくりになっている。


 また、保険調剤薬局との連携では、服薬指導を中心とした機能を提供するが、患者と担当医師の同意の下に所見や検査データの閲覧も許可しているのが特徴だ。これにより、薬剤師は薬の処方が変わった場合などにその理由がわかるほか、検査データや所見を見ることで、なぜその処方が必要であるかなどを患者にきめ細かく説明できるようになったという。


 一方、在宅患者が自分で血糖値を測定して、そのデータを電子カルテに登録するとともに、医師のコメントやインシュリン指示量などを受けられる仕組みを作ったことも大きな特徴だ。在宅患者は携帯電話と接続できる自己血糖測定器で血糖値を測定し、そのままiモードを介してデータを送信できる。同時にメール機能で症状等も報告できるため、そのコメントとデータに対して医師から適切な指示が受けられる。


●わかしお医療ネットワークの構成図(クリックすると拡大します)

※資料:NTTデータ参考資料より転載




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