2006.03.31

【ニュース解説】英国「TG1412」臨床試験で何が起きたのか(後編):「TG1412」悲劇の教訓、著名医学誌はそれぞれ、見落とされていたものを探る

 「TG1412」を開発した独TeGenero社、臨床試験を実施した米Paraxel社、試験開始を許可した英医薬品庁(MHRA)が、口を揃えて「想定外」という臨床試験の悲劇は、薬剤開発過程で見落とされがちな様々な問題に目を向けさせることになった。著名医学誌はそれぞれ、エディトリアルやニュースとしてこの事件を取り上げ、何が問題だったかを考察している。

 Lancet誌2006年3月25日号のエディトリアルによると、試験がプロトコール通りに行われたのか、という同誌の問いに対して、TeGenero社最高科学責任者Thomas Hanke氏は「投与のタイミングや順番の決定権は、Paraxel社から派遣された主任研究官にあった」と回答した。また、同社もMHRAも、商業的な秘密を盾にとってプロトコールを見せることを拒んだという。同誌は、臨床試験自体の信用と、試験開始を許可する立場にあるMHRAに対する信用を回復するためには、調査過程の透明性が極めて重要であり、商業的な秘密などが調査を妨げてはならないと述べている。

 British Medicala Journal(BMJ)誌 2006年3月25日号のエディトリアルは、初めてヒトに投与されるフェーズI試験の場合、未知のリスクは極めて大きいと考え、インフォームド・コンセントの過程で、被験者にあらゆる情報を提示し、危険性を強調すべきだと述べている。

 また、被験者たちの応募の動機をみると、利他的な目的を持っていると同時に、金銭的な目的の比重も大きいことがわかる。支払われる金額が高額であればあるほど、被験者たちはリスクを現実的に評価できなくなるのではないかとの懸念を示した。

 プロトコールについては、今回の場合、健常人を対象としたため、かえって被害を大きくしたかもしれない、と述べている。アゴニスト抗体は、正常な免疫系を持つ人には過剰な反応を引きおこす可能性がある。T細胞の活性化および増殖刺激が、有害な炎症誘発性サイトカインの大量分泌を引きおこす危険性もないとは言えない。ただし、ヒトに対する初めての投与の対象を患者の中から選ぶことはリスクが高すぎるため、何らかの代替法を見出す必要があるだろう。

 そして、動物実験で安全性が確認された用量であっても、一度に6人に投与するのは危険だ、という。1人の被験者を注意深く観察しながら投与するようにすべきだという専門家の意見が紹介されている。

 BMJ誌は、MHRAに十分な情報が提出されたかどうか、また、提出された情報が信用できるものだったかどうかも検討すべきだとしている。例として、高名な免疫学者たちの批判を取り上げている。彼らは、CTCL-4の活性を抑制する抗体製剤「MDX-010」の臨床試験で深刻な副作用が見られたという報告があるにもかかわらず、その情報が無視され、今回の臨床試験が実施されたことを批判している。

 CTCL-4はCD28とともに、同一のT細胞の表面に存在する。これらの受容体はいずれも、T細胞の機能の調節に重要な役割を果たしている。CD28に対するアゴニスト抗体の「TG1412」と、CTCL-4を抑制するモノクローナル抗体の「MDX-010」は、アプローチの方法は異なるものの、同じT細胞を活性化する(脚注参照)。

 問題の臨床試験の結果は、2005年の米臨床腫瘍学会(ASCO)で米国立がん研究所(NCI)によって報告された。米Medarex社のモノクローナル抗体製剤「MDX-010」を高用量投与された転移性腎臓がん患者20人のうち9人に、有害な自己免疫性の反応が見られたという。ステロイド投与などで8人は回復したが、1人については穿孔により結腸切除術が必要になった。今回「TG1412」が引きおこした強烈な副作用を考慮すると、CTCL-4の抑制には十分な注意が必要、CD28の活性化は、実は行ってはならない可能性があると専門家は言う。

 前臨床試験における安全性評価法についてBMJ誌は、サリドマイドの悲劇は、マウスやラットには副作用が見られなかったために起きたことを忘れてはならないという。サリドマイドの場合は、事件発生後、ウサギに投与したところ、催奇性が明らかになっている。同誌は、製薬業界が信用を回復するためには、薬剤開発過程の透明性を高め、一般に情報を公開することが必要だと結んでいる。

 TeGenero社は、「TG1412」の開発過程で、この抗体がCD28分子の特定の領域(C’’ Dループ)に結合してT細胞を活性化することを明らかにし、2003年にJournal of Experimental Medicine誌に報告している。その際、ヒトとラットのCD28にはC’’ Dループが存在するが、マウスのCD28はこの領域持たないことも示した。この知見を利用すれば、前臨床試験に適した動物種を選出することができたのではないか。

 前臨床段階の毒性評価の方法、臨床試験のプロトコールについては、多面的かつ十分な議論が必要だ。次々と開発される全く新しいタイプの治療薬候補を評価するためには、既存の画一的な方法でなく、それぞれに最適の方法を選出する、または開発する努力が欠かせないはずだ。さらに、薬剤開発過程全体の透明性を高める努力がなければ、今後、臨床試験実施が困難になる可能性さえある。今回の想定外の事態から学ぶべきことは、多岐にわたる。(大西淳子、医学ジャーナリスト)


*CTCL-4とCD28は、ともに共刺激分子(補助受容体)と呼ばれている。標的抗原がT細胞受容体(TCR)に結合し、さらにこれら共刺激分子にリガンドが結合すると、CD28はT細胞機能を活性化し、CTCL-4はこれを不活性化する。「TG1412」は、CD28と結合すると、TCRと抗原の結合がなくてもT細胞を強力に活性化できるため、Huenig氏らはこれをスーパーアゴニスト抗体と呼んでいる。開発の標的疾患は、慢性関節リウマチ、B細胞性白血病、多発性硬化症などの炎症性疾患や自己免疫性疾患となっていた。


◆2006.3.30 ニュース解説】英国「TG1412」臨床試験で何が起きたのか(前編):多くの被験者は回復へ、原因は引き続き調査中

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