2006.03.30

【ニュース解説】英国「TG1412」臨床試験で何が起きたのか(前編):多くの被験者は回復へ、原因は引き続き調査中

 英国で3月半ば、抗体医薬「TG1412」のフェーズ1臨床試験で、投与直後に被験者が次々に倒れ、全員が多臓器不全に陥るという事件があった。なぜか日本の一般メディアではほとんど報道されていないが、英国では大衆紙を含む全メディアが連日トップ扱いで報じてきており、欧米各国では医療界や製薬業界はもちろん、一般社会を揺るがす大事件になっている。MedWaveでは英国在住の小児科医森臨太郎氏の好評連載「英国医療事情」の号外編として既報している。ここでは、その後の状況について、関連官庁や企業のメッセージと、Lancetなど主要医学誌の分析などをまとめたニュース解説を、医学ジャーナリストの大西淳子氏が2回にわたってお伝えする。(MedWave編集部)

 英国製薬史上最悪、世界でも例を見ない悲劇的な展開を見せた「TG1412」フェーズ1試験の被験者たちは、惨事から2週間たってもNorthwick Park病院に入院している。炎症反応による多臓器不全の原因は何だったのか。ロンドン警視庁まで調査に乗り出した今回の事件は、前臨床段階の安全性評価法に対する疑問や、治験申請の方法、承認過程などに対する批判、さらに、今後、抗体医薬の臨床試験が行えなくなるのではないかという不安をも巻き起こした。

 被験者たちに現れた症状に関する一般メディアの情報は、偽薬群に割り付けられたために無事だった被験者の目撃談や、被害者の事務弁護士の証言に基づいている。投与は静脈注射で行われたが、真薬群の6人はいずれも、静注後数分で異変を示し始めた。体が急激に熱くなり、強烈な頭痛が始まり、頻呼吸となって、やがて嘔吐、さらに頭や背中の痛みにのたうち回ったという。投与から90分以内に全員が倒れ、12時間以内に、全員が多臓器不全に陥った。

 集中治療室で、患者に対する慎重な監視と治療が開始されたが、2人は生命が危ぶまれる状況となった。面会した家族や友人は、これら2人の患者の頭頸部が異常に膨れ上がり、手足は紫色に変色していた、と一部メディアに語っている。が、Daily Mail紙の記事によると、担当医であるGanesh Suntharalingam氏は、頭部の異常な腫れがあったかどうかに関する返答は拒否したものの、患者には大量の輸液が必要で、そうした治療は浮腫を招く、と説明したという。集中治療室で、患者たちは、人工呼吸器を装着され、血液透析を受けた。さらに、ステロイドなどを用いた抗炎症治療が手探りで続けられた。

 Northwick Park病院を含むNHS trust(病院や地域の医療サービスの運営母体)North West London Hospitalsは、Webサイトで、患者の容態に関する公式発表を連日掲載してきた。これによると、医師たちは、3月16日の時点で、真薬投与後に起きた「炎症反応による多臓器不全」の状態に対して、「抗炎症治療」を行っていると述べている。3月24日の時点では、4人は順調に回復、集中治療室から別の病棟に移って治療を受けているが、重症の2人については、「1人には回復傾向が見られるものの、もう1人は引き続き深刻な状態」と報告されている。

 臨床試験の開始を許可した英医薬品庁(MHRA)は、3月14日にプレスリリースを発表。速やかに試験許可を撤回したことを明らかにし、同時に、他国で「TG1412」の臨床試験が行われることがないよう、欧州の関連機関に連絡したという。同時に、副作用の原因が、製造工程の問題なのか、混入、用量の誤りといった人為的な誤りなのか、または、前臨床段階では全く予測できなかった、人間だけに現れる副作用なのかを明らかにするための調査を開始した。

 今回使用された「TG1412」はドイツの大手製薬企業が製造した。独Boehringer Ingelheim社は2003年11月17日に独TeGenero社と契約を結び、cGMP(医薬品製造規範)に準拠した「TG1412」製造工程の開発を受託した。臨床試験で起きた異常事態を受けて、同社は3月20日にプレスリリースを発表した。それによると、同社バイオ製薬部門は、請負製造業者として、TeGenero 社の指示通りに「TG1412」を製造、独英当局による承認どおり「研究用」として完成品をTeGenero社に提供した。副作用に関する通知を得てから再確認したが、同社が前臨床および臨床開発用に提供した製品は、すべての法的および製薬上の要求を満たしていた、という。

 TeGenero社は、試験管レベル、および、ウサギとサルを使った前臨床試験で、この製品の安全性が証明されており、ヒトに投与された体重1kgあたりの用量は、前臨床試験で用いられた量の500分の1だった、と説明している。

 事件後の一連の報道や専門家からの批判を受けて、Tegenero社はQ&A集をWebサイトに掲載した。以下はその概要だ。

(1)前臨床試験の対象となったサル20頭のうち、2頭に一過性のリンパ節腫脹が見られた。「TG1412」が免疫系に作用することを考えれば、これは起こりうる現象だ。T細胞が活性化されてその数が増えれば、リンパ節に蓄積される量は一時的に増加するが、その後血中に放出される。リンパ節腫脹は、薬剤に関連する副作用というより、「TG1412」の作用を証明する反応だ。一過性の軽いリンパ節腫脹については、被験者たちにも告知されており、臨床試験開始許可を得るために英独の認可機関に提出した書類にも記載されている。被験者が示した症状は、これとは全く異なるものだった。深刻な副作用の原因は調査中だ。
(2)製造過程に問題があった可能性もあるが、抗体製剤は生産が難しいため、経験豊富で信頼できる第三者(Boehringer社)にこれを委託している。
(3)治験申請は英国とドイツで提出、ドイツでも全く同じプロトコールでフェーズ1試験を行う許可を得ており、開始が予定されていたが、もちろん中止した。
(4)臨床試験受託会社として米Paraxel社を選択したのは、この分野の経験が豊富で信頼できるからだ。
(5)同時に6人に同じ用量を投与するという方法に対する批判があるが、前臨床段階の安全性が確認されており、低用量を用いる計画だったため、申請したプロトコールはMHRAにそのまま承認された。

 前臨床段階の安全性評価で問題が見あたらず、製造は前臨床段階から一貫して世界有数の会社に委託されており、臨床試験のプロトコールにも問題がなかった、というなら、悲劇はなぜ起きたのか。真相解明には時間を要しそうだ。(大西淳子、医学ジャーナリスト)


◆2006.3.20 英国医療事情 号外】臨床試験の安全性:治験薬TG1412による重篤な副反応について

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