2006.02.27

【MRのキモチ】その24 「MRカバンを盗まれた男の物語」

 行きつけの小料理屋で、X次郎は今日の出来事を思い出していた。

 「犯人はなぜ俺のカバンを狙ったのだろう」「なんで俺だけが狙われたのか」「車の駐車位置が悪かったのか」。

 「どうしたの、今日は元気が無いわね」と見るに見かねた、ママはX次郎に声を掛けた。

 「実は今日、俺の車の窓が壊されて助手席に置いておいたカバンがなくなったんだよ。午後の2時過ぎに国道沿いのレストランで他社のMRと昼飯を食べて、食事が終わって車に戻ったらそんなことになっていた」。

 「えー、それは大変ね。それでどうしたの」とママは聞いた。

 「それで、すぐ警察と上司に連絡したんだけれど、カバンの中にはコンピューターが入っていて、それごと盗まれてしまったんだ」。X次郎は続けた。「警察でも色々聞かれ、被害届けを出してきたんだけれど、実は大変なのはコンピューターの中身なんだよ」。

 「会社ではSFA(Sales Force Automations System)というシステムが動いていて、日報から先生の情報まで、みんなコンピューターを介して行われているんだ。コンピューターがないと活動できないし、ましてや最近話題の個人情報保護法の問題で、先生方のデータが流出してしまう恐れもあるんだ」。

 「それは大変ね。早く犯人が捕まるといいわね」とママは慰めたが、X次郎にはむなしく響くだけだった。

 X次郎の会社はMRを大切にする会社であり、MRにはステイタスも必要と、「MRカバン」も皮製のダレス型カバンを用意してくれていたのである。外観も非常に良く、医局などを訪問すると先生方も「そのカバンいいな。俺も同じようなのが欲しいな」などと言ってくれるのである。

 そんなことを考えていると、ふと犯人の意図が見えたとような気がした。「犯人はカバンを狙ったんだ」とX次郎は確信した。犯人は、いいカバンなので中に金めのものが入っているに違いないと思って俺のカバンを狙ったのだろう。そうに違いない−−。

 X次郎から報告を受けた上司も大変だった。上司も早速支店長と本社の業務課に連絡すると、本社の業務課長がすぐ飛んできて、支店で緊急会議が開かれ善後策の検討が行なわれた。

 「何人分の個人情報が流出する恐れがあるのか」と業務課長は切り出した。

 「正確には分かりませんが、約500人分の医師の情報は入っていると思います」。

 X次郎は几帳面な方で、どの先生に最初にあった日は何時で、どんな話をしたのか、あるいは先生方の生年月日、自宅住所、卒業大学、卒業年度、所属学会などの各種データを入力していた。

 「この情報が流出してしまうと、大変な問題になる」と業務課長は言い放った。支店長は「明日からすべての担当先の先生に謝って回れ」とX次郎に命じた。業務課長は「本社に帰って、上司と相談の上、広報を通じて被害の状況をプレスリリースします」と続けた。

 そしてX次郎は、今回の事件について、自分の不注意から会社と担当先の先生方に多大な被害をもたらす恐れのあることを詫びる始末書を書かなければならなかった。

 本社からは全MRに対して、車を離れる時は、必ずMRカバンはトランクに収めるか、自分で持って出ること。助手席などにカバンを置かないこと。トランク内の整理整頓をすること−−などを指示した文書が配布された。

 数日後地元の警察から電話が入った。「X次郎さん、カバンが見つかりましたよ。国道脇の下水の中から見つかりました。犯人は単なる物取りのようでしたね。コンピューターも入っていましたが、水につかっていましたので、多分使えないでしょう。いずれにしても引き取りに来て下さい」(警察官)。

 X次郎は早速上司に報告し、やれやれと胸をなでおろしたのだった。

******************

 今回の事件も、最近良く耳にする話の一つである。病院では患者情報が流出してしまったり、銀行でも個人情報の流出事件が起きたり、ひどいのは防衛庁の機密情報まで流出してしまう昨今の有様である。

 米国でもエンロン社事件に端を発してSOX法なるものが制定され、内部統制の充実が叫ばれている。

 MRが持ち歩くコンピューターには個人情報を蓄積せず、すべてサーバーに蓄積して、サーバーにアクセスして仕事をするようなシステムに変えないといけないだろう。この種の事件は今後さらに増加しうるであろうから、リスクマネジメントの一環で、各製薬会社はシステム改善に一層の努力をすべきだと考える。

■著者紹介■
小原公一氏

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