2006.02.21

【連載第5回:米国医療はハリケーンにどう対応したか】米国赤十字がハリケーン・カトリーナへの災害救助活動で果たした役割

永田高志

 ハリケーン・カトリーナに対する救援活動に対して米国赤十字社は重要な役割を果たしたので紹介したい。

 赤十字社(イスラム圏では赤新月社)は、1863年にスイス人のアンリ・ディユナンが、戦傷患者の救済を目指して結成した世界最大の非政府組織である。どんな地の果ての戦場に行っても、カメラマンと傭兵、そして赤十字関係者に出会うと言われるように、世界のあらゆる紛争地域、災害地域で人道援助活動を行っている。日本では、東京に本部を置く日本赤十字社が、全国91カ所の医療機関を統括しており、国内の災害では独自のネットワークを利用して活動しているほか、国際赤十字社の指示のもと、海外での人道援助活動も積極的に展開している。

 米国赤十字社は、日本赤十字社と異なり、いわゆる赤十字病院を持っていない。平時は献血活動、教育活動、募金活動、そして災害に備えての各種訓練、準備を行っている。

 本部はワシントンDCに置かれ、前回の連載でも述べたとおり、大規模災害の際には連邦危機管理局(FEMA)の指揮下で、被災者に対する水、食料、シェルターの提供を担当する。また多くの登録ボランティアを必要に応じて現場に派遣し活動に当たらせる。一般市民のボランティア参加は原則として米国赤十字に一本化されている。もちろん各種NGOや宗教団体が独自の組織でボランティア活動を行うこともあるが、規模としては限定されている。

 ハリケーン・カトリーナと、その2週間後に発生したハリケーン・リタの被災で米国赤十字社が行った活動では、大規模な支援活動が組織的に行われた。

赤十字の要請に応じ、公衆衛生大学院が専門家を派遣
 米国赤十字社はハリケーン・カトリーナがニューオーリンズに上陸した直後から、ハーバード大学、ジョンス・ホプキンス大学、そしてコロンビア大学公衆衛生大学院に対して公衆衛生の専門家の派遣を要請した。この要請に対し、ブリガムアンドウイメンズ病院国際救急部医師のヒラリー・クレーマー氏を筆頭に52人の医師、看護師、公衆衛生専門家がルイジアナ州に派遣された。

 クレーマー医師は2004年のインド洋沖津波の際、インドネシア・アチェでの国際赤十字の救援活動を現地で指揮するなど、国際人道援助活動の経験豊富な救急医である。1996年にセントルイス大学医学部を卒業し、4年間のハーバード大学関連病院で救急医学を研修した後、国際救急医学フェローシップの第1期生として選ばれた。2年間のフェローシップの中で、救急指導医としての勤務に加え、公衆衛生大学院で国際人道援助を専門に学ぶ公衆衛生修士コース、そして海外での活動というハードワークをこなし、公衆衛生のリーダーとして必要なものを学んだ。

ルイジアナ州全土の避難所の状況把握に着手
 クレーマー医師らは2005年9月2日から9月15日までの2週間、米国赤十字のルイジアナ州本部が置かれているバトンルージュを拠点に活動を行った。

 現地に到着して最初に直面した問題は、避難所に関する情報がなかったことである。広大なルイジアナ州全土のどこにどれだけの避難所が存在し、どれだけの人員を収容しているか、といった基本情報すらなかった。チームは電話連絡など各種の通信手段や、現地本部から各地に派遣された人員による直接の確認によって情報収集を進めていった。

 しかし、様々な情報が錯綜するなかでの確認は容易ではなかった。避難所といっても、赤十字が設置基準に従って開設したものから、学校の体育館・教会・集会所を利用して自発的に開設されたもの、自宅を一時的に開放したものまで多岐にわたっていた。ピーク時に2万人もの被災者収容したニューオーリンズ市のスーパードームは米国赤十字社の避難所ではない。米国赤十字には明確な避難所設置基準がある。収容人員40人当たりシャワー1つというルールもそのひとつ。スーパードームはこの条件を満たしていなかった。

 チームは、9月7日から9日の3日間、ルイジアナ州全土における避難所の一斉調査を実施した。4人で編成された24隊を展開し、事前に入手した基本情報をもとに275カ所の避難所を訪れた。状況は7ページからなる評価表に基づいて調査した。この評価表は、国際赤十字や国境なき医師団が第三世界の紛争地域での難民キャンプを評価する際の経験を基に作成されたものだ。発展途上国での経験が米国内の事例に応用されたのは、おそらく始めてのことだ。ハーバード大学からはデータ管理・解析を専門に行う人員が数人同行しており、集められたデータはただちに解析された。

 調査の結果、実際に活動していたのは176カ所(64%)にとどまり、そこに約2万8700人が収容されていた。他の約100カ所はいったん開設したが閉鎖されてしまったケースや、避難所として登録されていたが活動していなかったものなどだった。開設された避難所の36%には診療所があり、うち43%は積極的に感染症発生のスクリーニングを行っていた。しかし、感染症患者を隔離するための設備がない避難所も43%にのぼった。

 米国赤十字の現地対策本部は、この調査結果をもとに災害救護活動方針を決定し、水や食料などの援助物資や人員を送った。被災現場の状況を確認し、データを集めて解析し、その結果をもとに方針を決定するという手法は、軍隊の運用に通じるものであり、またEvidence Based Medicine(根拠に基づいた医学)の手法を災害現場に応用した形となっている。このような活動の積み重ねがあったからこそ、米国赤十字社は大規模な活動を展開することができたのである。

 ただし、避難所の調査の際、前述のような7ページもの評価表を用いたが、実際には、項目が多く短時間で実施するのは困難だったという。1〜2ページの簡潔なもので、質問項目も2択か自由記載とし、専門教育を受けてないものでも簡単に実施できるものが望ましかったという反省があるようだ。

 日本の災害救護活動では、米赤十字のように一元化された指揮系統の下で避難所の情報を収集してデータを解析し、その結果を基に活動するようなことは行われなかった。阪神・淡路大震災でも、その後の大震災でも、散発的に小規模な調査が行われたに過ぎない。米国赤十字社のような組織的な運営方法は大いに学びとるべきであると思われる。


■著者プロフィール
 永田高志(ながた たかし)35歳、1997年九州大学医学部卒業。整形外科、救急・外傷医療が専門。外傷の疫学、交通事故、災害医療が研究テーマ。福岡県久留米市の聖マリア病院救急診療科勤務を経て2004年渡米。ハーバード大学公衆衛生大学院(HSPH)武見プログラム、およびハーバード大学人道援助組織HHIで、リサーチフェローとして研究活動中。米国における標準化された危機管理のプロトコールであるIncident Command Systemについて研究を進めている。同時にハーバード大学医学部の教育関連病院であるブルガム・アンド・ウイメンズ病院の救急救命部門で米国の救急医学の臨床を学んでいる。


参照文献
Cranmer HH, NEJM 2005 Oct 13;353(15):1541-4. Hurricane Katrina. Volunteer work--logistics first.

ハーバード大学公衆衛生大学院2005年10月6日公開講座、「Public Health Priorities in the Aftermath of Hurricane Katrina」


■ 掲載中の連載記事 ■
◆2005.9.26緊急連載:米国医療はハリケーンにどう対応したか】9月13日、ハーバード大救援チーム解散・縮小決定
◆2005.10.4 連載第2回:米国医療はハリケーンにどう対応したか】被災者の4割に慢性疾患、援助届かぬ実態が大規模調査で判明
◆2005.10.24 連載第3回:米国医療はハリケーンにどう対応したか]長時間インタビュー実現! FEMAのサムライ ベテラン危機管理官レオ・ボスナー氏が語る
◆2005.11.28 連載第4回:米国医療はハリケーンにどう対応したか】トリアージと公衆衛生のはざま

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