2006.02.20

【英国医療事情 連載第12回】イエローカードと黒三角、医薬品の安全を支える多角的な報告システム

森 臨太郎
 英国はサッカーの母国である。好むスポーツにも「階級」というものがあり、上位に位置する人々はどちらかというとクリケットが好きで、サッカー(英国ではフットボール)はどちらかというと労働者階級の楽しみである。階級差がなかなか超えられないフラストレーションは、熱狂的なフットボール応援へと変わるといわれている。

 イエローカードというのはもう多くの人がご存知のとおり、サッカーで反則があった際に使用される黄色いカードのことである。これが医療安全にも利用されている。もちろんあの審判が掲げるイエローカードそのものが使われているわけではないが。

 英国では医薬品や医療機器の承認を担当する国の機関として、MHRA(Medicines and Healthcare products Regulatory Agencyがある(Webサイトは )。医薬品などのリストを作る制度は、学会が誕生したヘンリー8世の時代からあったようだが、しっかりした承認制度は1971年に始まった。

 欧州共同体の動きとあいまって、医薬品などの承認を欧州内で統一する動きも早くから始まっており、ロンドンに本部があるEMEA ( European Agency for the Evaluation of Medical Products:Webサイトは ) という組織も1995年より動き始めている。今では新しい医薬品の承認などは最初からEMEAに申請する決まりになっている。

 実際、EMEAで承認されると英国でも承認されたということになるし、たとえEMEAに承認されておらず、MHRAも承認していなくても、欧州共同体内のほかの国で承認されていれば、簡単な申請でその薬品は手に入る。

 もっとも、特殊な状況下でまだ承認されていない医薬品を使用したいときは、患者側、医療者側双方の署名が必要な書類で申請し、通れば使用可能ではある。こういう薬を英国では通称「specials」と呼ぶ。

 MHRAでは承認するだけでなく、医薬品の副反応情報を監視する役割も担っている。これに関しては、2つ有名な制度がある。1つは「イエローカード」制度(http://www.yellowcard.gov.uk/)、もう1つを「黒三角」制度(http://www.mhra.gov.uk/home/idcplg?IdcService=SS_GET_PAGE&nodeId=748)という。

 イエローカード制度は、1960年代初頭に問題になったサリドマイドの薬害をきっかけに立ち上がった制度で、英国で診療をするすべての医師、看護師、薬剤師、そのほかのコメディカル、患者など、関係者なら誰でも、薬剤などの副反応と思われる事例を黄色い指定用紙に書いて、MHRAに報告できる制度である。

 報告は義務ではないが、「専門家の義務として認識されるべきだ」という考え方は浸透している。ただし製薬会社は報告を義務化付けられている。患者や患者の家族が報告できるようになったのは最近のことだが、注目に値する。

 このイエローカード、文字通り黄色い紙で、処方箋用紙に必ず添付されている(写真)。報告はこの黄色い用紙に記入してMHRAに送るという旧式のやり方もあるが、現在はWebサイトからでも、電話でもできる。

 報告しない例をできるだけ少なくなるため、その医薬品の有害事象であると確定できなくても疑いがあるというだけでの報告も勧められている。

 小児科では様々な理由で小児用に承認されている医薬品が極端に少ないため、通常の医療行為であっても承認されていない医薬品を使用する機会が多い。このため、小児に使用する医薬品の有害事象の監視に関しては特に強化されて行われている。同様に、HIV感染に関連した有害事象の監視も強化されている。

 私の場合、だいたい、平均すると年1回ぐらいの割合でこのイエローカード制度で新たに認識された有害事象に関連して、注意を喚起したり、医薬品の承認を取り消ししたり、ということがあった。

 この有害事象の報告は1960年代からデータベース化されており、最近、国民や医療関係者の意見が集められる機会を経て、情報公開法(Freedom of Information Act)の 動きともあいまって、一定の手続きを踏めば一般の人でも閲覧可能になった。もちろん個人を特定するのは難しい仕掛けになっている。

 さらに1976年からは黒三角制度が始まった。これは承認された新薬などに関連するものである。新薬の名前を出すときはどこに出す場合にも逆三角形▼のマークをつけることが義務化されており、いかなる事象も報告することになっている。

 承認という1つの防壁だけでは医薬品・医療機器の安全性を確保することは不可能である。承認後も、まれだけれども重篤な事象が起こる可能性はいつでもあるし、承認後、数十年たってから問題が分かることもあり得る。英国のイエローカードや黒い三角といった制度は、承認制度を保管する役割を果たしている。

 医療安全というのはなにも医薬品や医療機器に限られた話ではない。病棟の構造であったり、衛生であったりもする。こういう広い視点から安全性について検討したり、監視する組織もある。その1つがNPSA:National Patient Safety Agency (http://www.npsa.nhs.uk/)である。これはブレア政権保健医療制度改革で出来た組織のひとつである。

 例えば、ある静脈注射用の医薬品による事故が複数回起こり、その原因をNPSAが調査した結果、じつはまったく別の医薬品と入れ物が酷似していたため間違えたということが判明し、NPSAの指導により、区別がつくような入れ物になったというようなこともあった。

 このNPSAは筆者の働くNICEのようなその他の国立の組織や、CEMACH:Confidential Enqueiry into Maternal and Child Health、NCEPOD:National Confidential Enquiry into Patient Outcome and Deathと呼ばれるような、死因について深く調べる国単位のサーベイランス組織などとも提携して、安全の改善に寄与している。

 医療の安全というのは、なにか1つの組織や制度があるから確保できるものではなく、末端のものも含めてどの組織にも浸透するべき概念でありつつ、以上に挙げたような安全そのものを統括して監視する複数の組織・制度に助けられて向上するのではないかと思う。


■著者プロフィール
 森 臨太郎(もり りんたろう)、1970年神戸生まれ。医学博士、英国小児科専門医。日本での小児科研修を経て、オーストラリアにて新生児医療に携わり、英国にて疫学を修める。現在英国NICEの診療ガイドライン作成に携わっている。疫学研究、政策作り、日常診療と、さまざまな視点から英国医療と現政権の保健医療改革を観察している。


■ 掲載中の連載記事 ■
◆ 2005.8.26 新連載 英国医療事情】英国の医療制度、表と裏
◆ 2005.9.9 英国医療事情 連載第2回】無料の病院
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◆ 2005.10.21 英国医療事情 連載第5回】英国医師にも上下関係がある
◆2005.11.4 英国医療事情 連載第6回】フライング・ドクター
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◆2005.12.20 英国医療事情 連載第9回】英国の2大医学雑誌 LancetとBMJ
◆2006.1.13 英国医療事情 連載第10回】番外編 日本の医療
◆2006.2.9 英国医療事情 連載第11回】英国で医師として働くには:How To 医師登録

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