2006.02.18

脳内で発生する硫化水素が脳梗塞の予後を悪化させる、新たな治療標的の可能性

 急性脳卒中で血漿システイン値の上昇が見られると予後が悪い。そのメカニズムに硫化水素が関与していることが分かった。まだ動物実験の段階だが、硫化水素の産生を阻害すると梗塞体積も減ることから、脳梗塞患者の予後を改善する新たな治療標的になる可能性も浮上している。シンガポール国立大学のKun Qu氏らの研究で、詳細はStroke誌電子版に2006年1月26日に報告された。

 Qu氏らの研究グループは、システインが分解して生じる硫化水素が、脳梗塞後の組織の損傷に影響するのではないかと考え、ラットを用いて検証を試みた。その結果、硫化水素源が豊富にある状態で中大脳動脈の閉塞(MCAO)を引きおこすと、梗塞体積は増加すること、MCAOによって皮質の硫化水素レベルが上昇し、硫化水素の合成活性も上昇していることが判明した。さらに、硫化水素の産生にかかわる酵素の阻害剤を投与すると梗塞体積が減少したことから、硫化水素の作用に標的を定めた治療が脳梗塞患者の予後の向上に役立つ可能性が示された。

 血漿ホモシステイン(Hcy)高値は、心血管疾患の危険因子であるとともに、急性脳卒中リスクの増大とも関連づけられている。ホモシステインは、酵素の作用によりシスタチオニンを経てシステインに変換される。このシステインについても、動物実験により脳卒中との関係が示唆されている。脳梗塞時には細胞外システインレベルの上昇が起きているとの報告もある。

 システインは神経細胞に死をもたらすが、NMDA拮抗薬はこれを阻止する。このためシステインは、興奮性アミノ酸またはシステイン派生物を介してNMDA受容体に間接的に作用すると考えられてきた。このシステインから硫化水素が生じる。硫化水素は、心臓血管系に対して血管拡張作用を示し、脳ではNMDA受容体に仲介される反応(海馬の長期増強の誘導を容易にするなど)に関与することが知られる。脳内の硫化水素は、50〜160μmol/Lで、十分に機能を果たす。

 著者たちは、硫化水素が脳梗塞による脳組織の損傷に関与するかどうかを調べるため、ラット中大脳動脈閉塞(MCAO)モデルを作製した。電気焼灼により左中大脳動脈を閉塞させ、24時間後、梗塞体積その他を測定した。

 まず、硫化水素の供給源として、水硫化ナトリウム(NaHS)をMCAOの10分前に腹腔内に注射したところ、MCAOから24時間後の梗塞体積は、水硫化ナトリウム投与なしの場合に比べ1.5倍に増加した(p<0.01)。しかし、NMDA受容体拮抗薬MK801を水硫化ナトリウム投与の10分前に腹腔内に注射したところ、梗塞体積の増大は完全に打ち消された。

 次に脳を摘出して皮質梗塞部の硫化水素レベルを調べた。MACOを行わない対照ラットと比較すると、MCAOにより硫化水素レベルは約2倍に上昇(p<0.001)していた。さらに、MCAOの50分前にシステインを投与しておくと、硫化水素レベルは約2.5倍になった(p<0.02)。

 MCAOに先駆けて硫化水素合成の阻害剤ラット腹腔内に投与したところ、用量依存的に梗塞体積は減少した。そのレベルは阻害剤によって異なり、阻害活性の強さを反映した結果となった。

 著者たちは、硫化水素がNMDA受容体を介した興奮毒性を増強する可能性があると述べている。先行研究で、生理的濃度の硫化水素が特定酵素の活性化を通じてNMDA受容体の機能を高めることが示されているからだ。NMDA受容体はここ数年間、脳卒中研究の主な標的の1つになってきた。実際に、NMDA受容体拮抗薬とグリシン拮抗薬は、臨床試験でも有望が示されている。

 硫化水素の作用機序の解明は今後の課題となるが、本研究で得られた結果は、CBS阻害剤などを用いて硫化水素合成を阻止する方法が、脳梗塞患者の神経保護のための新たな治療手段として有望であることを示唆した。

 本論文の原題は「Hydrogen Sulfide Is a Mediator of Cerebral Ischemic Damage」。アブストラクトは、こちらで閲覧できる。(大西淳子、医学ジャーナリスト)

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