2006.01.30

【MRのキモチ】その23 「医学知識で友人の命を救った男の物語」

 この時期の少年野球チームは冬季練習を行っており、ボールを持たずに、基礎体力の充実に心がけている。今回の主人公であるW朗が少年野球チームのコーチを引き受けてから、すでに5年の歳月が流れていた。

 W朗は、高校時代に県下でも優秀なピッチャーで、3年生の時の夏の県大会ではベスト4に輝いたことがあった。その実績が効を奏して、東都大学の名門校であるA大学に入学し、野球部に所属していた。

 大学では一軍とニ軍を行ったり来たりしていたが、目が出なかった。しかし、大学4年次には二軍の監督を任されるほどに、一軍監督からの信頼も得ていた。

 4年生になって就職活動に入ったが、当初はスポーツ関係の企業を狙って就職活動をしていた。しかし、なかなかうまく行かず、一軍監督の先生のすすめで、外資系の製薬会社を受験し、合格してMRになったのであった。

 大学時代は野球ばかりしていたので、導入研修は本当に苦労した。が、スポーツで鍛えた根性でギブアップせず、この難関を乗り越えて、MR認定資格試験にも合格。MR活動も12年の経験を積むまでになった。

 野球で得た経験はMR活動にも大いに役立ち、病院のチームの助っ人として、ピッチャーを任されたりして、先生方の信頼も勝ち得ていった。

 35歳になるとはいえ、ピッチャーとしてマウンドに上がると、相手のチームはほとんど打てず、助っ人とした参加した病院チームの勝利に貢献したのであった。

 そんな球歴が地元の硬式少年野球チームの監督の目に留まり、ボランティアとしてコーチを行なっているのであった。

 今日の日曜日も子供達とストレッチからランニングに入ったところで、グランドの隣の駐車場の車からクラクションが鳴っているのが気になったが、そのまま子供達との練習に励んでいたのであった。

 しばらくすると、選手のお母さんがW朗のところに飛んできて、「コーチ、大変です。審判のNさんが車の中で苦しんでいます」と叫んだ。

 W朗はすぐさま車のところへ飛んでいった。

 車の中を覗き込むと審判のN氏が腹を抱えて、のた打ち回っていた。

 実はW朗とN氏とは飲み友達でもあり、酒を飲む前に、いつも白いアルミニウム製剤の液剤を飲んでいたのも記憶していたし、N氏が胃潰瘍であることも承知していた。

 W朗はすぐに自分の携帯から119番通報をし、救急車を呼んだ。

 幸いにも救急車は数分後にやって来た。

 父兄何人かで審判のN氏を車から運び出し、救急車の寝台に乗せると、W朗も救急車に同乗して救急隊員に指示した。

 「これは胃穿孔に間違いないので、緊急手術の出来る市民病院に連れて行け」。

 救急隊員は「何故あなたにそんなことが分かるのか」と反論したが、「私は製薬会社の営業をしていて、この人とは長い付き合いなので、間違いないから、市民病院に連れて行ってほしい」と頼んだ。救急車はしぶしぶW朗の指示に従い、救急車を市民病院に向かわせた。

 W朗はNさんの乗っているストレッチャーについて行って、当直の先生に面談した。運良く当直の先生は、W朗のよく知っているY先生であった。

 先生はW朗の顔を見るなり言った。「W朗君今日は何だね。」

 「先生、この人は私の友人で、たぶん胃穿孔に間違いないので、よろしくお願いします。」

 すぐに先生は腹部レントゲンを撮り、レントゲン写真を眺めながら、W朗に言った。

 「君の言うとおり、胃穿孔を起こしている。間違いない。緊急手術を行うが、これから麻酔医を確保しないとならないので、しばらく安静にして待っているように。その間、痛み止めの処置だけはしておくから」。

 1時間ほどして、麻酔医が到着し、手術は開始された。手術は5時間にもおよんだ。

 手術を終えたNさんがストレッチャーに乗せられて、手術場から現れた。Y先生は手術場から出るなり、W朗に言った。「手術は成功したよ。何しろ親指大の穴が開いていたよ。それから食べたものが、腹腔内に散らばっていて、それをきれいに掃除するのに時間が掛かってしまった。胃は4分の3取ったから」などと説明してくれた。

 「でも今回のケースはW朗君が側にいてくれてNさんは命拾いしたのではないか。もし君が側にいなければ、Nさんは生命の危機にさらされていたのかもしれない」とY先生は付け加えた。

****************

 この話も実際にあった話である。MRを長くやっていると、医学知識や先生の体験談なども豊富になり、患者さんを見つけることが往々にしてあるものである。

 パーキンソン病の治療薬を宣伝していたMRがパーキンソン患者さんを見つけたり、甲状腺の治療薬を宣伝していたMRが甲状腺の病気を見つけたりして、先生を紹介するケースを多く耳にする。MRも「門前の小僧習わぬ経を読む」的なことが少なくなく、医学、薬学の知識を身につけることは、家族や友人を助けることにもつながることを、肝に銘じて、専門知識の習得に励んでほしいものである。

■著者紹介■
小原公一氏

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