2006.01.13

2006年1月13日金曜日、満月近し――迷信と現代医学の不思議な関係

 13日の金曜日に手術を受けることになった患者や執刀が決まった外科医は、日程の変更を望むだろうか。まして、その日が満月だと知ったら?

 西欧では、未だに「魔の金曜日」を不吉に思う人が多い。月の満ち欠けと人の生死の関係を信じる人が、医療従事者の中にも少なくないという。実際、PubMedで検索すると、ヒットする論文の数に驚く。そこには、迷信を否定するための研究をまじめにやるなんて、と一笑に付すことができない、まじめな動機と目的があるような気がする。

 意外なことに、この種の論文を多く掲載しているジャーナルの1つにBritish Medical Journalがある。13日の金曜日には交通事故が52%も増える可能性を示した1993年掲載の研究成果(1)は、続報を生んだ。

 13日の金曜日の交通事故死はそれ以外の金曜日に比べて有意に多く、調整済みリスク比は男性1.28、女性2.25、とした論文は、迷信に対する不安から特に女性の交通事故死が増えると説明している(2)。

 これに反論する論文(3)は、(2)と同様にフィンランドで調査を行い、交通事故の発生件数と死者数を比較している。しかし、女性の方がリスクが高いことを示す結果は得られなかった。(2)については、標本サイズが小さい上に、同乗者の死亡を除外しておらず、交絡因子の調整も不十分、と批判している。それでも、迷信深い人が13日の金曜日に運転を避けた結果である可能性は否定しきれない、と結んでいる。

 迷信に起因する不安解消を目的として行われた研究もある(4)。米Temple大学の研究者たちは、扁桃摘出術を受けた小児の術後の出血の頻度を調べた。13日の金曜日または満月の日に手術した患者と、赤毛(赤毛の子供は出血しやすい、という迷信があるのだろうか?)の患者に、出血リスク上昇は認められなかった。著者は、これで、迷信を信じる患者やその家族に、術後の出血リスクについて十分に説明し、安心して手術を受けてもらうことができる、と述べている。

 日本にも、13日の金曜日には、行動パターンを変える人がいるかもしれない。が、満月まで気にする人はいないのではないか。西欧では昔から、月の満ち欠けと、生死を含む生物の様々なサイクルの関係を信じる人が多い。

 ルナティックという言葉が示すように、満月と精神疾患の関係が初めて指摘されたのは、ローマ時代だという。実際、在宅の精神疾患患者を対象にした研究で、統合失調症の患者には満月の時期に症状の変化が見られたと報告されている(5)。

 てんかん発作との関係を調べた研究では、満月の夜にてんかん発作が増加することを示す結果は得られなかった。しかし、非てんかん発作は増加する傾向があった(6)と報告されている。

 満月の夜6時から翌朝6時までの、精神疾患による救急部門の受診者数が、その他の日より多いかどうかを調べる研究を行ったのは、米Mayoクリニックだ(7)。2005年発表の論文によると、結果は、否、だった。

 自傷行為としての火傷で救急部門を訪れた患者の数と月の満ち欠けの関係を調べた英国の研究(8)も、有意な結果を得ていない。

 精神疾患との関係の説明を試みた研究もある(9)。人工的な明かりがなかった頃には、満月の夜の明るさが睡眠不足を招いたのではないか、との推測だ。睡眠不足は一部の精神疾患を悪化させる。人類が人工的な照明、特に電灯を得て以降は、睡眠サイクルへの月の満ち欠けの影響は小さくなったのではないかと著者たちは述べている。

それでは、動物たちには満月の影響が強く表れるだろうか。BMJに掲載された2つの論文は、相反する結果を示した。いずれも、動物に噛まれて救急部門を訪れた患者を対象とする調査だが、英国(10)では、満月の夜には患者が有意に多く(p<0.001)(噛んだ動物の94.1%は犬、3.4%が猫、0.8%が馬、0.7%がラット)、豪州(11)では、犬に限って調べたところ、満月との関係は有意ではなかった。

 狼男は満月に出現する。人も月を見て凶暴になるのか。スペインの研究者たちは、救急部門を受診する暴力の被害者の数を調べた。結果は、統計学的には有意ではないが、満月の夜には被害者が多い傾向が見られた(12)。

 満月は、人間の行動や意識を動かすだろうか。オーストリアでは、甲状腺クリニックの予約状況と月の満ち欠けの関係が調べられた。こうした研究としては初めて、有意な関係を見いだしたという(13)。

 これも行動への影響というべきだろうか。スイスの病院で行われた研究では、入院患者の転倒の頻度は、月の満ち欠け、曜日、季節などとは関係がなかったと報告されている(14)。

 満月の日に乳がんの手術をすると予後が悪いという話を信じる患者と医師がいるという。その真偽を調べたオーストリアの研究は、有意な関係を見いだせなかったが、前向きの無作為割付試験ではないので、患者の選択に役立つほどのパワーは持たないと著者たちは言う(15)。

 満月と心疾患の関係を調べた論文は複数ある。急性心筋梗塞および心停止の発生と月の満ち欠けの関係を調べた研究(16)では、有意な関係は見られず、急性冠疾患による入院の頻度と月の満ち欠けの関係を調べたインドの研究は、新月時期に入院患者が有意に多いと報告している(17)。

 救急部門での心肺蘇生実施頻度は、満月に増えるわけではないが、新月の時期には6.5%(p=0.02)少ないという米国の報告もある(18)。

 スペインでは、消化管出血による入院が、満月の時期には多くなる傾向が認められたと報告されている(19)。

 英国のNHSトラストは、口腔や顎顔面の損傷により救急部門で処置を受けた患者の数と月の満ち欠けの関係を調べた。得られた結果は、満月の時期における患者の有意な増加を示さなかった(20)。

 日本では、「13」でなく「4」という数字が毛嫌いされている。病人の見舞いにシクラメンを持って行ってはいけない、というように、語呂合わせを気にする習慣もある。
 
 そうした習慣を研究対象にするかどうかは別として、迷信が、患者と医療従事者に及ぼす影響を完全に否定することはできない。オーヘンリー「最後の一葉」の肺炎の少女を例に出すまでもなく、患者の精神面は、病気の進行や予後に大きな影響を及ぼす。患者の話を親身になって聞き、不安を解消するためのデータを得ようと行われた研究も、これらの中には存在する。得られた結果は、少なくとも一部の患者や医療従事者に安心をもたらし、アウトカム向上に役立つのではないか。

 さて、2006年1月13日(金)の月齢は13.3。満月が近い。(大西淳子、医学ジャーナリスト)

 引用文献は以下の通り。著者名は筆頭著者のみ。
1)BMJ. 1993 Dec 18-25;307(6919):1584-6.
Is Friday the 13th bad for your health?
Scanlon TJ

2)Am J Psychiatry. 2002 Dec;159(12):2110-1.
Traffic deaths and superstition on Friday the 13th.
Nayha S

3)BMC Public Health. 2004 Nov 16;4:54.
Females do not have more injury road accidents on Friday the 13th.
Radun I

4)Laryngoscope. 2004 Nov;114(11):2031-3.
Superstition and post-tonsillectomy hemorrhage.
Kumar VV

5)J Psychosoc Nurs Ment Health Serv. 2000 May;38(5):28-35.
Lunacy revisited. The influence of the moon on mental health and quality of life.
Barr W.

6)Epilepsy Behav. 2004 Aug;5(4):596-7.
The influence of the full moon on seizure frequency: myth or reality?
Benbadis SR

7)Psychiatr Serv. 2005 Feb;56(2):221-2.
Psychiatric emergency department visits on full-moon nights.
Kung S

8)Burns. 2004 Dec;30(8):833-5.
Self-inflicted burns: a sporadic phenomenon.
Rashid A

9)J Affect Disord. 1999 Apr;53(1):99-106.
The moon and madness reconsidered.
Raison CL

10)BMJ. 2000 Dec 23-30;321(7276):1559-61.
Do animals bite more during a full moon? Retrospective observational analysis.
Bhattacharjee C

11)BMJ. 2000 Dec 23-30;321(7276):1561-3.
Barking mad? another lunatic hypothesis bites the dust.
Chapman S

12)Eur J Emerg Med. 2002 Jun;9(2):127-30.
Moon cycles and violent behaviours: myth or fact?
Nunez S

13)Wien Klin Wochenschr. 2003 May 15;115(9):298-301.
Appointments at a thyroid outpatient clinic and the lunar cycle.
Zettinig G.

14)BMC Nurs. 2005 Oct 17;4:5.
Are patient falls in the hospital associated with lunar cycles? A retrospective observational study.
Schwendimann R

15)Breast Cancer Res Treat. 2001 Nov;70(2):131-5.
Lunar phases and survival of breast cancer patients--a statistical analysis of 3,757 cases.
Peters-Engl C

16)Resuscitation. 2003 Feb;56(2):187-9.
Lunar phases are not related to the occurrence of acute myocardial infarction and sudden cardiac death.
Eisenburger P

17)J Indian Med Assoc. 2003 Apr;101(4):227-8.
A novel trigger for acute coronary syndromes: the effect of lunar cycles on the incidence and in-hospital prognosis of acute coronary syndromes--a 3-year retrospective study.
Oomman A

18)Eur J Emerg Med. 2003 Sep;10(3):225-8.
Effect of lunar cycle on temporal variation in cardiopulmonary arrest in seven emergency departments during 11 years.
Alves DW

19)Int J Nurs Pract. 2004 Dec;10(6):292-6.
The influence of the full moon on the number of admissions related to gastrointestinal bleeding.
Roman EM

20)Br J Oral Maxillofac Surg. 2003 Jun;41(3):170-2.
The moon and its relationship to oral and maxillofacial emergencies.
Butler S


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