2005.06.30

毒素10gで50万人超に被害、死亡率は最悪60%に 牛乳供給過程にボツリヌス毒素を混入するテロ対策の研究  

米政府の圧力で掲載中止された話題の論文が米科学アカデミー紀要電子版に登場

 単一の加工施設を通って消費者に届く牛乳がバイオテロの標的になったらどんな被害が発生するか、数理モデルによる予測研究の成果を示したStanford大学のLawrence M. Wein氏らの論文は、米科学アカデミー紀要(Proceedings of National Academy of Sciences:PNAS)誌2005年5月30日号に掲載される予定だった。

 しかし、米厚生省(HHS)から、「テロリストの手引になる」と批判され、同アカデミーは自主的に掲載をいったん中止した。その後、議論を経て、PNAS誌電子版時間の6月28日に掲載された。

 想定されるバイオテロの中で特に懸念されているのが、天然痘と肺炭疽の病原体散布と、食品へのボツリヌス毒素の混入だ。既に天然痘と肺炭疽については被害予測が行われているため、Wein氏らは、牛乳へのボツリヌス毒素混入に関するシミュレーションを行った。米国では、実際に2度、牛乳を介したサルモネラ感染事故が起きており、いずれも約20万人が感染している。

 ボツリヌス毒素を生産する技術の研究は、1980年代にイラクで進んだという。当時の方法でも、特別の器具を持たないテロリストが10gの毒素を得ることが可能だとWein氏は考えた。

 米国では牛乳の流通過程は9段階からなる。生産者から集めた牛乳を集中的に貯蔵・加工するシステムの上流でボツリヌス毒素が投入されれば、毒素は希釈され、約56万8000人の消費者の口に入る。被害はほとんどが3〜6日目に現れる。今回は100人目が症状を示したときに流行が発覚、牛乳を介したテロであることが判明し、消費をストップするまでにさらに24時間かかると想定した。子供は牛乳の消費量が多く、毒素の感受性が高いため、より深刻な被害を受けると考えられた。

 著者たちは、現行の77度、15分間の殺菌で、毒素の68.4%が不活化されると仮定した。また、投入される毒素の量に応じて被害者の数がどれほど変わるかを推算した。

 その結果、毒素が10gあれば、56万8000人のほとんどに被害が及ぶと考えられた。また、消費速度が早ければ被害者はさらに増え、早期に症状を検出できなければ被害者はさらに増える。また、被害者の約60%に人工呼吸器の装着が必要になると予想される上、解毒剤の備蓄は少ないため、患者が大量に発生した場合には、死亡率は1950年以前の60%に近づく可能性もあるという(1990年代の死亡率は6%)。

 テロリストとの戦いには、予防と検出、対応が必要だ。食物を介したテロは、他のテロに比べ予防は容易だろう。毒素を混入できる機会は限られているため、タンクなどに鍵をかけ、人の出入りをチェックし、監視体制を整えればよい。米食品医薬品局(FDA)が推奨する既存のガイドラインにもそうした項目は含まれているが、義務ではないため、適用を徹底すべきだ。最も有望なアプローチは、品質管理の国際規格 ISO9000 や環境管理の国際規格 ISO14000 のような基準を作成することかもしれない。

 現在の殺菌法は完全ではない。日本で一般的な超高温熱処理(UHT、120℃〜140℃で2秒)を行えば、完全に不活化できるが、米国の消費者には好まれないため、味や栄養に影響を与えず毒素を確実に不活化できる殺菌方法の研究が必要だ。

 人工呼吸器と解毒剤の準備には多大な費用がかかるため、より有用性が高いのは、加工段階における迅速検査の適用だ。迅速で高感度、特異性の高い検査に投資する方が賢明と考えられる。現在のELISA法の感度は、人々をテロから守るために必要な感度より2桁高い。したがって 特異性と迅速性を増すために感度を多少犠牲にすることはできる。感度は幾分低いが、ボツリヌス毒素Aを検出するELISAも利用可能だ。検査を適切に行うことで、テロによる被害を防げる可能性が高い。そのコストは牛乳1ガロン当たり1セントに満たないだろう。

 今回のモデルは、様々な不確定性を含んでいる。しかし、生産者から消費者に至る供給過程の中間に大規模な貯蔵加工施設が入っているタイプ(砂時計型)の供給過程を持つ食物を狙ったテロの被害予測に、広く適用できる。

 著者たちは、政府はテロの脅威に見合ったガイドラインを速やかに準備する必要があり、他の食品加工業界も、ボツリヌス攻撃の可能性をできるだけ早く評価して、予防および万一の場合の被害を減らすために何をすればよいかを考える必要があると述べている。

 本論文の原題は「Analyzing a bioterror attack on the food supply: The case of botulinum toxin in milk」。現在、全文が、こちらで閲覧できる。(大西淳子、医学ジャーナリスト)

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