2005.05.10

【裁かれたカルテ】 不妊治療を受けていた患者が卵巣癌で死亡 2つの鑑定が対峙、早期発見は無理と医師の過失否定

 不妊治療を受けていた患者が卵巣癌で死亡した。遺族は、担当医師が卵巣の異常に気づかず、卵巣癌を疑うべき腫瘤が発見された後も適切な検査を実施しなかったとして5500万円余の損害賠償を求めた。提訴から6年、裁判所は、「早期発見は無理」と医師の過失を否定し、原告の訴えを退けた。この裁判では2つの結論が違う鑑定が対峙。判決では、日本超音波医学会診断基準委員会が作成した卵巣腫瘍のエコーパターン分類の使用法を誤っているなどとして、過失ありとする鑑定を採用しなかった。

■事件の経過
     
 患者Aさんは、ある総合病院産婦人科で不妊治療を受け、1991年には第1子が誕生した。その後、1992年に不正出血に関する診断と子宮癌検診を受けるために被告病院を初めて受診。1993年に被告病院で子宮癌検診を受けたとき、被告B医師に対してもう1人子どもが欲しいと相談し、その年の暮れぐらいから不妊治療が開始された。当初はほぼ月に1、2回の割合で、後には月に4、5回の割合で通院。この間、不妊治療として通気法、通水法、胎盤性性腺刺激ホルモン(HCG)・下垂体性性腺刺激ホルモン(HMG)の注射による投与、人工授精が施され、十数回にわたって超音波検査が行われた。なお、この間、Aさんは、被告B医師から卵巣に関して異常を指摘されたことはなかった。

 Aさんは、1996年2月24日と26日に被告病院を受診したとき、被告B医師に対し、同月18日ころから下腹部が痛く、頻尿で、残尿感があること、便秘気味であり、おりものに臭いがすることなどの身体の変調を訴え出た。同年3月1日に被告病院を受診したときには、近隣の県立病院へ転院することを伝えた。そこで被告B医師は、県立病院への紹介状を作成。紹介状には、診断として「続発性不妊症、子宮筋腫」、診断の根拠として「子宮体部鶏卵大であったのが、ここ数カ月急速に増大(超手拳大)。子宮筋腫と思います」、診断に基づく施術として「挙児希望と相まって、核手術を希望しています」などと記載されていた。

 Aさんは同年3月4日に県立病院を受診した。診察した産婦人科部長のE医師は卵巣腫瘤の疑いを持ち、腫瘍マーカーの検査とMRI検査の必要があったのでAさんを総合病院に転送し、検査を受けさせた。

 同月13日、Aさんは、県立病院で手術を受け卵巣癌と診断され、人工肛門が造設された。また、Aさんの卵巣癌の組織型は漿液性腺癌で、そのステージはIIIC期と診断された。
 
 その後、治療が施されたが、Aさんは、1997年2月、県立病院で卵巣癌により死亡した。


■ 卵巣癌を早期に発見することができたのか

 裁判では、Aさんの卵巣癌を早期に発見することができたかどうかが争われた。

 判決はまず、1996年2月24日より前に卵巣癌を発見できたかどうかを検証した。この日は、Aさんが、下腹部が痛く、頻尿で、残尿感があり、便秘気味で、おりものに臭いがするなどと、身体の変調を訴え出た日だった。

 判決によると、原告側は、1996年2月24日にAさんの腫瘤が超手拳大であったことと、同年3月13日の県立病院における手術の結果、Aさんの卵巣癌が合計420gだったことを根拠に計算を行い、1995年8月21日にはAさんの卵巣癌を発見できたはずと主張した。

 これに対して裁判所は、(1)Aさんが罹患した漿液性腺癌の発癌過程自体不明である、(2)計算の根拠である「超手拳大」の卵巣癌の正確な重量を知ることは全く不可能である、(3)同年3月13日の手術によって摘出された卵巣癌は、他の臓器と癒着していたため、その正確な重量は不明といわざるを得ない−−とし、癌の重量が推定値に過ぎないと認定した。

 その上で、「原告らが主張する計算式は癌が一定の速度で増殖することを前提としているが、そのような仮定自体に大きな問題がある」と判断、1995年8月21日には卵巣癌を発見できたという原告らの主張を退けた。

■ 卵巣腫瘍を疑うべき所見は全くない

 判決は引き続き、不妊治療において、被告医師がAさんの卵巣癌を発見することができたかどうかを検討した。ここでは、被告医師が行った経膣式超音波検査の写真が決め手の一つとなった。

 判決は、経膣式超音波検査は、子宮や卵巣などの臓器については内診と同じかそれ以上の情報を与えるとし、「特に卵巣癌の早期発見においては、内診よりも経膣式超音波検査の方がはるかに精度が高いとされ、経膣式超音波検査の導入によって、より小さな腫瘍を的確に抽出できるようになった」と認定した。

 つまり、経膣式超音波検査の写真は、Aさんに卵巣癌の疑いの所見が認められるかどうかを判断する場合に最も価値が高い証拠と評価したわけだ。

 その上で、経膣式超音波検査によると、1996年2月24日より前の段階でAさんが卵巣癌に罹患していたことを疑うべき所見を認めることはできないと判断した。その主な判断理由は以下の通りだった。

 (1)排卵誘発剤の使用により卵胞の発育や卵巣全体の腫大傾向が見られるが、1995年12月26日以前の超音波検査の写真にはやや腫大傾向があるものの卵巣腫瘍を疑うべき所見は全くない
 (2)1996年1月27日の写真では卵巣の輪郭がややたどりにくいが異常所見とまでは断定できず、その上、臨床所見的にも同月20日から22日にかけて見られた出血も同月27日にはいったん治まっているので、同日において直ちにCTやMRIなどの検査を行うべき症状、所見にはなかった
 (3)被告B医師が県立病院の超音波のエキスパートであるH医師を含め3人の専門家医師にカルテ添付の写真を見せたところ、いずれの医師からも1996年2月24日より前の写真からは卵巣腫瘍を発見することはできないと回答した

 Aさんの卵巣癌の組織型は漿液性腺癌だったが、判決ではこの癌の特徴(表)からも、被告B医師はAさんの卵巣癌を発見することは極めて困難であったとし、被告B医師に過失を認めることはできないと判断した。

◆表−漿液性腺癌の特徴に基づいた判断

 (1)京都大学医学部によれば、不妊治療中に判明した漿液性腺癌の8例中7例が既にIII期の進行癌であり、漿液性腺癌の発生の自然史そのものが極めて急速である可能性があり、初期の段階で発見することは1996年当時困難であった
 (2)大部分の進行した漿液性腺癌は突然発生していて早期発見は不可能であり、不妊治療を行っていて継続的に患者の卵巣を観察していても同様である
 (3)漿液性腺癌は急速に進行する癌で発見が困難であることは産婦人科学会の常識である
 (4)漿液性腺癌の場合、I期癌で発見される癌とIIIないしIV期で発見される癌とでは同じ癌の異なる時期であるとはいえず、一般診療の中で進行癌に急速に進展する漿液性腺癌を早期に発見できる方法を知る者はだれもいないとも言われている
詳しくは有料ネット講座「まさかの時の医事紛争予防学」で提供しています)。

Information PR

ログインしていません

Close UpコンテンツPR

ログインしていません

もっと見る

人気記事ランキング

  1. トイレにこそ、人間の尊厳がある Dr.西&Dr.宮森の「高齢者診療はエビデンスだけじゃいかんのです」 FBシェア数:479
  2. 「どうしてこんな急に!」急変時の家族対応は 平方眞の「看取りの技術」 FBシェア数:12
  3. 輸液の入門書 医学書ソムリエ FBシェア数:0
  4. オピオイドの用量調節とスイッチングの基本方法 国分秀也の「ゼロから学ぶオピオイド」 FBシェア数:105
  5. わいせつ容疑の外科医、初公判で無罪を主張 「乳腺科医のプライドにかけて無罪を主張します」 FBシェア数:582
  6. 「真面目なメンタルケア」が真面目ちゃんを苦しめる 研修医のための人生ライフ向上塾! FBシェア数:0
  7. 難治性皮膚潰瘍を再生医療で治す リポート◎大リーガー田中将大投手のケガも治したPRP療法とは? FBシェア数:20
  8. インフル入院患者、届出数が100人を超える インフルエンザ診療Next:トピックス FBシェア数:109
  9. 医療者は認知症家族との暮らしが分からない 患者と医師の認識ギャップ考 FBシェア数:196
  10. 下血? 血便? 赤いの? 赤くないの? 薬師寺泰匡の「だから救急はおもしろいんよ」 FBシェア数:180