2005.03.31

【裁かれたカルテ】 「急性大動脈解離の典型的な症状を示していた」 担当医師に転送しなかった注意義務違反を認める

 今回は、急性大動脈解離の典型的な症状を示していたにもかかわらず、患者を手術が可能な医療機関に転送すべき注意義務を怠ったとし、担当医師の過失を認めた判決を紹介する。裁判所は、医師の過失と患者の死亡との間の相当因果関係を認め、被告病院に対し、逸失利益、慰謝料など合計4700万円余りの支払を命じた。

 原告側は、患者であるKさんが死亡したのは、被告が開設するD病院の担当医が大動脈解離の鑑別診断を怠り、専門医のもとに転医させなかったためとし、約6000万円の損害賠償を求めて提訴していた。これに対し被告病院側は、過失はなかったとして全面的に争っていた。

 今回の事例は、いわゆる転医義務違反に問われたケースだが、いつの時点で転送すべきだったのか、その転送を怠った過失と患者の死亡との因果関係はあるのか、などが最大に争点となった。

 診療経過についての裁判所の判断は以下の通り。

◆1998年1月11日の診療経過

 Kさんは、1998年1月11日午前9時30分ころ、入浴中に、咽頭部から下顎部にかけてと胸部に「ちくちくした痛み」を感じ、次第に息苦しさや胸痛も出てきたため、午後0時30分ころ、D病院の救急外来を受診し、M医師の診察を受けた。

 初診時、Kさんの意識は清明だったが、顔色は不良で冷や汗があり、血圧は高かった。M医師は、Kさんについて、血液検査、胸部レントゲン検査、胸部単純CTスキャン検査、心電図検査、胸部腹部超音波検査などを指示して実施した。

 Kさんは、同日午後2時ころ、狭心症との診断を受けてD病院に入院した。入院後、冠血管拡張剤や鎮痛剤の処方等を受け、夕方ころまでに症状が軽減した。

 なお、胸部レントゲン検査、心電図検査などの結果、格別な所見は認められなかったが、胸部腹部超音波検査の結果、検査技師から、総合所見として以下のような報告があった。

 (1)脂肪肝
 (2)前立腺肥大
 (3)胆石症
 (4)解離性動脈瘤検索は必要。造影CT

 M医師は、この報告を受けて、Kさんについて胸部造影CTスキャン検査の実施を指示した。

 同日に実施された胸部の単純CTスキャン検査と造影CTスキャン検査の結果、剥離内膜像は認めず、ごく少量の心嚢液の貯留と大動脈弓部の部分的拡張をわずかに認め、下行大動脈の壁肥厚像を認めた。

 M医師は、大動脈内に細い三日月状で白く濃く写っている像が大動脈解離を示唆する像であることは読影できなかった(裁判では、この点について鑑定が行われ、その結果、これらの像が早期血栓閉塞型大動脈解離の比較的わかりやすい像とされた)。

 M医師は、上記CTスキャン検査の結果や臨床症状を考え、Kさんについて、大動脈解離である可能性は低いと判断した。

◆12日以降15日までの入院診療経過

 12日、Kさんに胸痛はなく、自覚症状の訴えもなかった。12日、13日の午後から発熱が認められたが、抗生物質の投与などにより両日とも夜には熱が下がった。13日には、胸部レントゲン検査の結果、少量の胸水が認められ、血液検査の結果、CRP検査値が高く炎症所見が認められた。

 14日、Kさんから自覚症状の訴えはなく、M医師は、KさんとKさんの妻である原告Aさんらに対して、「検査の結果、特に異常はない。肋膜に水が溜まっており、そのせいで胸が痛むのではないかと思われる。水は日が経てば自然に抜ける」などと説明した。

 Kさんは、15日に退院し、今後は、通院治療によって経過観察をする一方、糖尿病を中心とした内科的治療を受けることになった。

◆17日の外来受診経過

 17日午後3時15分ころ、Kさんは、M医師の外来診療を受けた。Kさんは、血圧が高かったが、自覚症状は特になかった。M医師は、Kさんに、糖尿病に対する内服薬の服用の再開と次回の内科受診を指示した。

 その後Kさんは、D病院から帰宅する途中、同病院の駐車場で、停車していた乗用車に自車を接触させる事故を起こした。事故の相手方と話していた際、Kさんは、激しい胸内苦悶感、右下肢痛を来したため、病院に戻り、午後5時ころ、再度外来を受診した。

 M医師が診察したところ、Kさんは、右足部が血行障害のため蒼白で、右下腿から腰部にかけての痛みと右足のしびれ感を訴えていた。M医師は、心電図検査、血液検査、胸部レントゲン検査などを指示して実施し、酸素吸入、輸液等の処置をした。連絡を受けたKさんの妻と息子さんがD病院に行くと、Kさんは、激しい胸痛などのため、ほとんど言葉を発することができないような状態だった。

 同日午後6時20分ころには右足部の血行がやや改善し、同日午後8時30分ころまでに、右下腿から右足部の血行障害はほぼ消失した。しかし、胸苦しさがなお続き、同日午後9時30分ころ、Kさんは再入院した。

◆17日から18日の入院診療経過

 Kさんは、17日の入院時にも、左背部から右胸部にかけての突き刺すような痛み、四肢冷感、四肢しびれ感などを訴えていた。その後、胸痛に加えて腰部痛も訴えたが、M医師が鎮痛剤を処方すると、症状は治まった。

 18日朝、M医師がKさんを診察したところ、胸痛などの訴えはなかった。

 D病院においては、非常勤の放射線科医師であるV医師が2週間に1回程度の割合で来院し、同病院で撮影されたレントゲン検査ないしCTスキャン検査の画像を読影し、その結果を報告していた。

 そのV医師は、17日に来院した際、11日に実施されたKさんの胸部単純及び造影CTスキャン検査の画像を読影し、「上行大動脈から下行大動脈(胸部)の造影されない壁肥厚像がみられる。内腔の剥離内膜像は示さず。心嚢水がわずかにある。大動脈弓部に拡張が部分的にある。大動脈解離。ディべーキー1型を考える」などと放射線科検査報告書に記載した。

 M医師は、18日朝、V医師による上記報告書を見て、再度、11日に実施されたKさんの胸部CTスキャン検査の画像を読影した。しかし、大動脈解離との診断に至らず、同CTスキャン検査の結果と18日朝に下肢の血行障害や胸痛が治まっていたことなどから、Kさんについて大動脈解離と診断することは困難であると判断した。

 18日午前10時ころ、Kさんが胸が締めつけられるような感じを訴え、D病院からの連絡により、原告Aさんらが同病院に駆けつけた。同日午後0時ころ、Kさんが胸痛を訴え、Kさんに付き添っていた原告Aさんらが看護師に訴えた。看護師はM医師に、Kさんから胸苦しさの訴えがあるなどと連絡したが、同医師は、そのまま経過をみるように指示した。

 同日午後1時50分ころ、Kさんは白目をむき、いびきをかき始めるなど容態が急変した。原告Aさんらがすぐに看護師を呼んだが、看護師が駆けつけた時には、Kさんの呼吸は停止しており、両上肢に痙攣様の動きが認められた。

 M医師らは、Kさんに対して蘇生措置を講じたが、同日午後6時45分、Kさんは死亡した。Kさんの死因について、M医師は、何らかの原因によって急性心不全になったものと考えた。

 以上の事実認定を基に判決は、いつの時点で転医義務違反があったのかを検討した。その結果、「遅くとも17日中に、Kさんを急性大動脈解離の手術が可能な医療機関に転送すべきであった」とし、Kさんが17日中に転送されていたとすれば、「18日午前10時ころには、転送先の医療機関において急性大動脈解離に対する緊急手術が実施されて、Kさんが救命される蓋然性が高かったものと推認することができる」と判断、この推認を覆すに足りる証拠はないと断じた。

 結局、裁判所は「M医師の診療上の過失とKさんの死亡との間には相当因果関係がある」とし、「M医師の使用者である被告は、不法行為に基づき、M医師の過失と相当因果関係のある原告らの損害を賠償する義務がある」と結論づけた。(三和護、医療局編集委員)

■裁判データ
 事件番号:平成12年(ワ)第4390号
 事件名:損害賠償請求事件(医療訴訟)
 裁判年月日:2004年6月25日
 裁判所名:名古屋地方裁判所
 部:民事第6部
 結果:一部認容

====
お知らせ
====
 MedWaveでは有料ネット講座「まさかの時の医事紛争予防学2005」を開講しています。ご興味のある方は以下の画面をご覧ください。
http://medical.nikkeibp.co.jp/MED/masaka/

Information PR

ログインしていません

Close UpコンテンツPR

ログインしていません

もっと見る

人気記事ランキング

  1. 向精神薬になったデパス、処方はどうする? トレンド◎ベンゾジアゼピン系薬の安易な処方に警鐘 FBシェア数:1279
  2. 男性医師は何歳で結婚すべきか、ゆるく考えた 独身外科医のこじらせ恋愛論 FBシェア数:178
  3. JTに異例の反論を出した国がんが抱く危機感 Cadetto通信 FBシェア数:121
  4. 開業4年目の私が医院経営の勉強会を作ったわけ 診療所マネジメント実践記 FBシェア数:45
  5. インフルエンザの早い流行で浮かぶ5つの懸念 リポート◎AH3先行、低年齢でAH1pdmも、外来での重症化… FBシェア数:232
  6. 国主導で『抗菌薬適正使用の手引き』作成へ 政府の薬剤耐性対策アクションプランが始動 FBシェア数:19
  7. 真面目ちゃんが燃え尽きるとき 研修医のための人生ライフ向上塾! FBシェア数:0
  8. 味方ゼロ? 誰にも言えない病院経営の修羅場 裴 英洙の「今のままでいいんですか?」 FBシェア数:193
  9. 医師にも多い? 過敏性腸症候群(IBS)型便秘 田中由佳里の「ハラワタの診かた」 FBシェア数:344
  10. 輸液の入門書 医学書ソムリエ FBシェア数:0