2005.01.13

■■ 障害に関する論説 ■■ 自立支援を考える−帽子がない 

 「長寿社会」の新しいネットワーク作りを考える「方円の器」の主宰者、江上尚志氏は、「障害に関する論説 自立支援を考える−帽子がない」と題する論説を記しています。以下に紹介いたします。
 
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 ある朝のことである。出勤前の次男が必死に探し物をしている。聞くと“帽子がない”という。兄貴に買ってもらって以来大切にしていて頭にキッチリするように被っていた。髪の毛がはみ出しそうなので“格好が悪い”と指摘すると、“これで良い”のだと反論するように結び目を一層キッチリとしている。ひどくセンスがないというわけでもないので、本人の好きにさせることになった。作業所に出かけるときも買い物でも同じ帽子である(次男は知的障害者の作業所につとめている)。

 見つからないので私の黒い帽子を被って行きたいと言う。あいにく私もその帽子で出かける心算であり「お父さんが被るからダメだ」と伝える。このあたりは子どもだけでなく、父親も融通が利かない。「後で探しておいてあげるから」と宥めてなんとか無帽で出かけることを納得してもらった。いつものようにバスに乗る彼を見送るが、彼の方は私を見ようともしない。極めて不機嫌であるらしいことは横顔からも伺える。

 小さい頃はあまり口ごたえもせず、おとなしくて良い子だった。

 そのこととの落差に実はビックリしているのだが、どうも30歳を過ぎた頃から本人は好き嫌いの明確な意思表示ができるようになったらしい。しかも、自分の意思であることを伝えることに快感を覚えてもいるらしい。缶コーヒーは肥るからやめようと自己決定した。ところが買い物の楽しさとの両立が難しい。彼の部屋には「無糖」の缶コーヒーが並ぶことになる。「無糖」であれば肥ることはないと誰かに教えられたのかもしれない。父親は砂糖なしでは珈琲を飲まないから、それと比較して納得しているのかもしれない。

 最近では介護保険制度と障害者「支援費」制度との融合論議が喧しい。

 生まれたときから障害を持っているのがほとんどだから、両親の保護すべき対象として存在してきたのが「障害者」である。身体的なハンディキャップのある身体障害、知的発達に顕著な問題を抱えている知的障害、社会生活面での障害を持つ精神障害に分かれているが、それぞれに生涯にわたり別々の課題を抱え続けて行かなければならない。両親はえてして過保護になりがちだが、心を鬼にして社会適応を図る努力もしている。

 自立支援とは何であるかを考えると、自己決定であるという答えが返ってくる。明確な意思表示ができない幼児期に、本人のためという言い訳で親が先回りして行動することがその子の生涯にとっては実は依存心を育ててしまうことになることすらある。親の愛情というものがスキンシップであることは間違いないことだが、健常児にとって後からわかる親の愛を「障害を持った子」に注がないことがある。つまり「待つ」という行為を通じてはじめて本人の自立が促されることを忘れるケースが多いようだ。

 長男の部屋にも入ったことがない父親だが、次男が出かけたあと念のため「失礼します」と本人の部屋に入ることにした。埃だらけの部屋だが男の子らしく、父親よりも整理が行き届いているかもしれない。飲み終わった缶コーヒーが転がっている。すぐそばにひっそり帽子があった。

 缶を見られたくないという潜在意識が働いたのかもしれない。“見つけてくれてありがとう”と言っているようだ。部屋を整理するのは彼の自立のためにも良くないと“帽子”だけをそっと玄関に置いた。

*方円の器はこちらです。

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