2004.10.25

【裁かれたカルテ】 Z医師の検査・診断義務違反の有無について

ア) 肺塞栓症についてのZ医師の経験

 相当数の肺塞栓症の診断、治療の経験があり、自ら心エコー検査をして診断にあたっていた。肺塞栓症の診断をする場合、心エコー検査で肺高血圧の所見が得られれば、肺血流シンチ等の検査を行い、確定診断をつけるのが診断のプロセスであると供述している。

イ) 被告病院における心エコー検査の態勢

 被告病院における心エコー検査は、専属の医師がいないため、医師の監督下で生理検査の技師が検査を行うという態勢になっていた。Aさんに対する本件心エコー検査も、Z医師の監督のもとで生理検査の技師であるF技師が行った。このような態勢は、画像診断の能力も、医師の方が技師よりも優れていることを前提とするものであり、心エコー検査を行った技師は、医師に対して検査報告をするが、その報告をもとに画像診断をするのは医師であり、医師は必要に応じて心エコービデオを確認するなどして、画像診断をすべき義務があったものと認められる。

ウ) 本件心エコー検査の経過

 Z医師は、狭心症を疑って、心カテーテル検査及び心エコー検査を実施することとしたが、心エコー検査は、順番待ちの状態ですぐには実施できなかったので、さきに心カテーテル検査を実施し、その結果から、狭心症や心筋梗塞のような冠動脈疾患は否定されると診断した上で、その診断内容をカルテに記載し、そのカルテをF技師に回した。F技師は、そのカルテも見た上で、17日午後5時30分ころから本件心エコー検査を実施した。そして、本件心エコー検査が終了し、F技師がその報告書を作成したのは午後6時ころであったが、Z医師は他の仕事が忙しくてその報告書を読んだのは、前記のとおり、午後9時ころになってからだった。

エ) 本件心エコー検査実施前に疑うべき疾患

 Aさんは、17日の午後2時53分に救急車で被告病院に搬送されてきた。その後まもなくZ医師による診察を受けた際に、数日前から労作時に胸部に不快感があったこと、前日に近所の診療所で診察を受けたこと、当日もトイレの後に胸痛があったこと、自転車に乗っていたら胸が苦しくなって救急車を呼んだことなどを伝えており、Z医師は、Aさんに対する問診の結果や、Aさんの症状が被告病院に到着したときには軽快していたことなどから、Aさんの疾患について、解離性大動脈瘤のように一定の症状が継続するものではなく、狭心症のように症状に変動があるものであると判断し、また、すでに撮影されていた胸部レントゲン写真を見て、呼吸器系の疾患については疑いを持たなかった。

 そこで、Z医師は、狭心症のような冠動脈疾患を最も疑って心カテーテル検査を実施した。その結果、冠動脈疾患は否定されたのであるから、本件心エコー検査実施時には、強い胸痛を起こす胸部疾患で、症状に変動のあるもの、しかも、冠動脈疾患や呼吸器系の疾患以外のものを疑って実施されたものというほかない。Z医師の肺塞栓症についての前記経験からすれば、そのような疾患として、肺塞栓症の可能性がある(血栓子が詰まっては流れ、詰まっては流れている可能性がある)ことは認識できたものと認められる。

 そして、Z医師は、Aさんに対する問診で、労作時に胸部に不快感を感じるようになったのは数日前からのことであり、17日には、トイレの後に胸痛があったこと、自転車に乗っていたら胸が苦しくなって救急車を呼んだことを聞いているのであるから、仮に肺塞栓症であれば、それは、慢性の肺塞栓症ではなく、急性の肺塞栓症である可能性が高いことも認識できたものと認められる(Z医師は、発症してから1日から10日経過しているものは、急性の肺塞栓症であると供述している)。

オ) 本件心エコー検査の重要性

 Z医師は、被告病院到着後のAさんの症状が乏しいことから、肺塞栓症の可能性の有無を心エコー検査で早急に確認する必要があるとは考えなかったと供述している。しかし、肺塞栓症は、症状に変動があり(血栓子が詰まったときは胸痛や呼吸苦があるが、それが流れれば症状が消失または軽快する)、文献上、急性肺塞栓症(急性肺血栓塞栓症)は、再発を起こしやすいことから、発症後の再発予防はきわめて重要であり、あと1日様子をみようという考え方が死を招くので注意を要するとされており、Z医師も、急性肺塞栓症という診断がつけば、この文献に書かれていることは当然のことだと供述しているのであるから、肺塞栓症の可能性があれば、症状が乏しかったとしても、肺塞栓症であるか否かを心エコーで早急に確認する必要があったというべきである。

 そもそも、Z医師は、Aさんの症状が重いものであり、診断に緊急性を要すると判断したからこそ、侵襲性が高く、検査に伴う危険性も存在する心カテーテル検査を実施した。その上、その結果、狭心症や心筋梗塞の発症は否定されたにもかかわらず、心臓に問題がないのなら帰りたいと申し出たAさんに対して、原因を究明して治療を行う必要があることを20分程度の時間をかけて説明して、強く入院を勧めたものである。したがって、実際には、Z医師も、心エコー検査の重要性は十分に認識していたことが窺われる。

カ) 心エコー検査実施についてのZ医師及び被告病院の対応

 心カテーテル検査が終了したのは、17日の午後3時50分ごろ。本来であれば、Z医師は、その後速やかに心エコー検査を実施し、その結果からその後の検査の要否を判断すべきであった。しかし、実際には、本件心エコー検査は、同日午後5時30分ころから実施され、その結果報告書は、通常の診療・検査の時間を過ぎた午後6時ころになって作成された。

 このように心エコー検査が遅れた理由について、Z医師は、心エコー検査が順番待ちであったためと供述しているが、Z医師に心エコー検査を早期に実施する必要性が高いという認識があれば、Z医師自ら携帯型の心エコー器によって心エコー検査を実施することも可能であったと考えられ(翌18日にはAさんに対して携帯型の心エコー器による心エコー検査が実施されている)、結局、心エコー検査が遅れたのは、心エコー検査が順番待ちであったということだけでなく、Z医師が多忙な状態に置かれていたため、他の仕事を優先し、検査結果が出るのは通常の診療・検査の時間を過ぎることになる可能性があることを認識しながら、心エコー検査をF技師に委ねたためと認められる。
  
 そして、Z医師は、Aさんに入院を強く勧めていながら、心エコー検査以後、本件心エコー検査の結果報告書を確認する午後9時ころまで、Aさんの診察は行っておらず、Aさんが午後7時ころ、看護師に対し、動くと少し苦しいと軽度の気分不快を訴えたことも知らなかった。
Z医師は、本件心エコー検査の結果(前記のとおり午後6時ころにはF技師の報告書が作成されていた)の確認がこのように遅れた理由について、他の患者に対する説明や退院などに伴う用途業務に追われていたためであると供述している。しかし、前記のような本件心エコー検査の重要性を考慮すると、そのような理由は、本件心エコー検査の結果の確認を遅らせることを正当化するものとは認めがたい。

 したがって、本件心エコー検査は、本来、通常の診療・検査の時間内に実施されるべきものであったし、通常の診察・検査の時間を過ぎて結果が出たとしても、それは被告病院の事情によるものであって、それによって患者が不利益を被ることはあってはならないものというべきである。ましてや、担当医師あるいは被告病院の事情で本件心エコー検査の結果の確認が遅れ、確認した時間には、緊急の検査以外の検査は実施しにくい状態になっていたとしても、そのために患者が不利益を被ることがあってはならない。      

キ) 本件心エコー検査の結果及びZ医師の対応

 前記のとおり、Z医師が午後9時ころに確認したF技師の報告書には、肺動脈圧については「38mmHg」、下大静脈については、「29〜20mm」、「ややコンプライアンス弱いです」と記載されており、Z医師は、この報告書を読んで、肺動脈圧については微妙な数値で、正常な者でもこの程度の数値を示すことがあると判断したが、下大静脈は、コンプライアンスが弱く、かつ拡張しており、肺動脈圧の数値と下大静脈の状態が合致していないので、心電図を見直してみたところ、右心負荷傾向を示す所見が認められ、肺塞栓症の可能性についても検討すべきものと考えたが、心エコービデオの画像を確認するまでのことはしなかった。

 しかし、本件心エコー検査のビデオ画像を読影した診療所の医師は、右室拡大、左室扁平化、心室中隔の運動異常から右室(右心)負荷は明白であり、肺高血圧症があると診断しており、Z医師も、本件訴訟が提起されてから本件心エコー検査のビデオ画像を確認したところ、診療所の医師と同じく、肺高血圧症の所見があると供述している。

 また、Z医師は、本件心エコー検査の結果を確認した午後9時過ぎの時点ではもちろん、仮に午後6時ころの時点で本件心エコー検査の結果を確認していたとしても、通常の診察・検査の時間を過ぎていて、被告病院が日常一般的な機能をしているときではないので、肺血流シンチ等、肺塞栓症の確定診断に必要な検査を実施したかどうかは分からない、仮に本件心エコー検査のビデオ画像を確認したとしても同様である旨供述している。

 しかし、前記のとおり、Z医師は、相当数の肺塞栓症の診断、治療の経験があり、肺塞栓症の診断をする場合、心エコー検査で肺高血圧の所見が得られれば、肺血流シンチ等の検査を行い確定診断をつけるのが診断のプロセスである旨供述しており、しかも、急性肺塞栓症は、再発を起こしやすいことから、発症後の再発予防はきわめて重要であり、あと1日様子をみようという考え方が死を招くので注意を要するという認識もあったのであるから、肺高血圧症の所見を得ながら肺塞栓症の確定診断に必要な検査を翌日に回すとは考えがたい。

 したがって、これまでに認定した事実を総合すると、17日中にAさんについて肺血流シンチ等、肺塞栓症の確定診断のための検査が行われなかったのは、Z医師あるいは被告病院側の事情でその時期を逸してしまったものと認められ、Z医師は、心エコー検査の重要性は十分に認識していながら、忙しかったためにその結果の確認が遅れ、午後9時ころに結果を確認した時点では、急性肺塞栓症の可能性があると判断しながら、この時点で検査を実施するのは、よほど緊急性がある場合に限られるので、仮に急性肺塞栓症であったとしても、翌日までに再発することはないだろうと軽く考え、本件心エコー検査のビデオ画像の確認もせず、肺塞栓症の確定診断に必要な検査もしなかったものと推認される。

   
ク) Z医師の検査・診断義務違反

 前記のようなAさんの症状から判断して、心カテーテル検査の結果、狭心症や心筋梗塞のような冠動脈疾患が否定された以上、急性肺塞栓症を疑って早急に心エコー検査を実施することは当然のことである。Z医師は、心エコー検査の結果が出たら直ちにこれを確認し、本件心エコー検査のビデオ画像も確認して、肺高血圧症の所見を得たら、肺血流シンチ等、肺塞栓症の確定診断のための検査を実施し、肺塞栓症と確定診断がされたら、ヘパリンを投与して再発を防ぐべき義務があった(肺塞栓症の疑いを抱いた場合には、抗凝固のためにヘパリンを投与すべきとされている)。しかし、同医師はこれを怠り、結局、17日中には肺血流シンチ等、肺塞栓症の確定診断のための検査を実施しなかったのであるから、そのために生じた結果について、同医師は不法行為責任を負い(もっとも、これまでに認定した事実によれば、医師があまりにも余裕なく働いているという被告病院の態勢にも問題があることが窺われる)、被告病院は使用者責任を負うものというべきである。

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