2004.10.25

【裁かれたカルテ】 事件経過

 昭和22年9月5日生まれのAさんが2002年7月17日、呼吸困難のため、被告が開設するX病院に救急車で搬送されて入院した。その後同月18日に肺塞栓症が原因で死亡した。

 これについて、Aさんの相続人である原告らは、病院側は搬送されてきたAさんの肺塞栓症を疑い、適切な検査・診断をすべきだったのに、これを怠ったと主張して、裁判を起こした。

 判決によると、診療経過概要は以下の通り。

病院に来る前

 生命保険会社の外務員として働いていたAさんは、7月16日の朝、出勤途中に胸苦しさや胸痛を感じたため、鎌倉市大船の診療所で診察を受けた。

 診察の結果、Aさんは狭心症の疑いがあると指摘された。そして、Aさんは、近いうちに循環器の専門病院で診察を受けるよう勧められ、被告病院あての紹介状を書いてあげるから行きなさいと告げられた。

 Aさんは帰宅後、「今日は本当に疲れた」と言いながら立ち上がり、着替えることも食事を取ることもせずに、すぐに寝室へ行き、眠りに就いた。

 翌17日の朝、Aさんは普段よりも起床時刻が遅く、トイレに行く動作もゆっくりであり、顔色もやや青ざめていた。

 このようなAさんの様子を気にかけた夫が、「おまえどこか悪いんじゃないか」と尋ねたところ、Aさんは、前日に診療所で診察を受けたこと、狭心症の疑いがあると指摘されたこと、循環器の専門医の診察を受けた方がよいと勧められたこと、被告病院あての紹介状を書いてあげるから行きなさいと告げられたことを話した。

 この話を聞いた夫は、Aさんに対して仕事を休むように勧め、自らも仕事に出るのを見合わせて、Aさんと自宅で過ごすことにした。

 そして、昼過ぎになってもAさんの症状が変わらなかったことから、夫は、Aさんが前日訪れた診療所に紹介状を書いてもらって、Aさんを連れて被告病院に行くことにした。

 同日午後2時過ぎころ、夫とAさんは、自宅を出て、自転車に乗って最寄駅である西鎌倉駅へ向かった。
 
 夫は、西鎌倉駅へ向かう途中、Aさんに対して、2度ほど「大丈夫か」と声をかけたが、Aさんから返事はなかった。

 同日午後2時30分ころ、西鎌倉駅へ到着すると、Aさんは、バス停のベンチ脇に自転車を立てかけ、そのままベンチに倒れ込んだ。

 夫が、あわててAさんに駆け寄ると、Aさんは真っ青な表情で、ハアハアと喘ぎながら夫にしがみついてきた。

 このようなAさんの様子を見た夫は、すぐそばにあった公衆電話から119番通報をして、救急車を呼んだ。

 そして、救急車が到着すると夫は、診療所に紹介してもらうつもりだった被告病院への搬送を依頼した。

 救急車で搬送される間、Aさんは、横になって酸素吸引を受けるなどしており、同日午後2時53分に被告病院に到着したときには、症状は軽快していた。

被告病院到着後の診療

 Aさんは、被告病院に到着すると、さっそく内科のY医師による診察を受けた。

 Aさんは、診察時には無症状となっていたものの、Y医師に対して、ここ数日、自転車で動いたり、階段を上ったりしたときに、胸部圧迫感があり、しばらく休むと治ることを伝えた。

 Y医師は、Aさんに対して血圧測定、心拍数測定、採血、胸部レントゲン撮影、心電図といった検査を行うとともに、循環器科の医師を要請した。

 続いて、Aさんは、循環器科のZ医師による診察を受けた。このとき、Z医師は、Aさんに対して、どうして救急車で来院することになったのか、いつから症状が現れているのかといったことについて問診を行った。

 これに対してAさんは、数日前から労作時に胸部に不快感があったこと、前日に大船の診療所で診察を受けたこと、当日もトイレの後に胸痛があったこと、自転車に乗っていたら胸が苦しくなって救急車を呼んだことなどを訴えた。

 そこで、Z医師は、Aさんが狭心症を発症していることを疑い、心エコー検査と心カテーテル検査(冠動脈造影検査)を実施することとした。

 心カテーテル検査については、被告病院循環器科のM医師から、Aさんと夫に対して説明が行われ、Aさんも夫も、心カテーテル検査の実施を同意した。

 そして、同日午後3時30分から午後3時50分まで、Aさんに対する心カテーテル検査が行われた。

 心カテーテル検査の結果、冠動脈狭窄の疾患、冠動脈の攣縮、左室の壁運動の低下がいずれも認められなかったことから、Z医師は、Aさんについて、狭心症や心筋梗塞は生じていないと判断した。

 その後、Z医師は、ナースステーションで、夫と連絡を受けて来院した家族に対して、Aさんの心カテーテル検査の結果について、狭心症や心筋梗塞の可能性は認められなかったことを説明した。

 また、Z医師は、採血による血液検査の結果、Aさんに貧血と軽度の肝機能障害を認めたところ、夫から、Aさんには子宮筋腫があったが放置したままである旨を聞いたことをも受けて、夫と家族に対し、Aさんについて、肝機能以上の検査のための腹部エコー、貧血の原因を調べるための血液検査、消化管出血を調べるための便潜血といった検査を受けることを勧めるとともに、子宮筋腫や過多月経について婦人科受診を勧めた。

 続いて、Z医師は、夫と家族とともに、Aさんの病室へ移り、Aさんに対して同様の説明を行った。

 これに対してAさんは、心臓に問題がないのなら帰りたいと申し出た。しかし、Z医師は、胸が苦しくなった原因がまだ分かっていない以上、原因を探して治療しなくてはならないことを説明しながら、20分程度の時間をかけて、入院するように説得を行った。

 その結果、Aさんは、被告病院に入院することとした。

 入院後、午後7時ころ、Aさんは、心カテーテル検査の際のカテーテル挿入部位の止血中に、看護師に対して、動くと少し苦しいと、軽度の気分不快を訴えた。

 Aさんは、午後5時30分ころから午後6時ころまで、生理検査の技師であるF技師によって心エコー検査を受けた。

 F技師は、Aさんの本件心エコー検査の結果を報告書にまとめた。その報告書では、肺動脈圧については「38mmHg」、下大静脈については、「29〜20mm」、「ややコンプライアンス弱いです」と記載されていた。もっとも、Z医師が上記報告書を確認したのは、午後9時ころになってからだった。

 Z医師は、上記報告書を読んで、肺動脈圧については、微妙な数値で、正常なものでもこの程度の数値を示すことがあると判断したが、下大静脈については、コンプライアンス(下大静脈が呼吸に伴って大きくなったり小さくなったり変動すること)が弱く、かつ拡張しており、肺動脈圧の数値と下大静脈の状態が合致していない(下大静脈の状態から判断すると、肺動脈圧はもっと高くなってよいはずなのに、それほど高い数値を示していない)ので、心電図を見直してみたところ、右心負荷傾向を示す所見が認められた。

 そこで、Z医師は、肺塞栓症の可能性についても検討すべきものと考えたが、心エコービデオの画像を確認することまではしなかった。

 その後、Z医師は、Aさんに心エコー検査の結果を説明するためにAさんの病室を訪れたが、すでに病室は消灯されており、Aさんも寝息を立てていたことから、あえて起こすこともないと考え、説明は翌日に行うこととした。

 翌18日、Aさんに対して、午前6時ころに採血が、午前6時52分ころに採尿がそれぞれ行われた。

 その後、午前6時55分に、Aさんから、苦しいとのナースコールがあり、看護師が訪室したところ、Aさんには胸部痛、冷汗、過換気気味といった症状が認められた。そして、間もなく、Aさんは、痙攣を起こし、意識も消失するに至った)。

 Aさんに対しては、気管内挿管や心マッサージ等の措置が行われる中、携帯型の心エコー器による検査が行われ、その結果、左室の圧排が認められたことから、Z医師は、Aさんが肺塞栓症を発症していることを疑った。

 そこで、Z医師は、Aさんをカテーテル室へ移動させて、PCPS(補助人工心肺装置)、IABP(大動脈バルーンパンピング)を挿入するとともに、肺動脈造影を施行したところ、左右の肺動脈に大量の血栓を認めた。

 このため、Z医師は、Aさんに対して、血栓溶解剤の投与やスプリングワイヤーによる血栓の破砕を行った。

 午前9時12分、AさんはICUへ搬送され、昇圧剤や血栓溶解剤の投与や輸血が行われた。

 しかし、Aさんの症状が改善する可能性は少ないと判断されたことから、Z医師は、Aさんの夫らと相談の上、Aさんを経過観察とすることにした。

 その後、Aさんの血圧は徐々に低下し、午後5時17分、Aさんは死亡した。

Information PR

ログインしていません

Close UpコンテンツPR

ログインしていません

もっと見る

人気記事ランキング

  1. インフルエンザの早い流行で浮かぶ5つの懸念 リポート◎AH3先行、低年齢でAH1pdmも、外来での重症化… FBシェア数:261
  2. 45歳男性。胸痛、冷汗 日経メディクイズ●心電図 FBシェア数:0
  3. 「肩や上腕のひどい疼痛」で見逃せない疾患は? 山中克郎の「八ヶ岳から吹く風」 FBシェア数:1
  4. 医師需給の議論の進め方は「異常かつ非礼」 社会保障審議会医療部会で厚労省の議論の進め方に批判が噴出 FBシェア数:1
  5. 膿のニオイをかぐのはNG? 倉原優の「こちら呼吸器病棟」 FBシェア数:4
  6. 新種カンジダによる侵襲性感染の世界的発生をCDC… トレンド◎3系統の抗真菌薬に耐性化した「C. auris」 FBシェア数:123
  7. ガイドラインにはない認知症の薬物療法のコツ プライマリケア医のための認知症診療講座 FBシェア数:118
  8. 療養病床のあり方に関する議論の整理案まとまる シリーズ◎2018診療・介護報酬同時改定 FBシェア数:1
  9. 医療事故調制度の「目的外使用」が続々明らかに ニュース追跡◎制度開始から1年、現場の理解はいまだ不十分 FBシェア数:87
  10. 教授の真似事をしてみたが…… 薬局経営者奮戦記〜社長はつらいよ FBシェア数:14