2004.09.17

【裁かれたカルテ】 抗生剤点滴でアナフィラキシーショック死、医師に注意義務違反の判決

 民事上の責任追及がまだでも、刑事上の責任を問われる事案が目立ってきたようです。にもかかわらず、いつなんどき医事紛争に巻き込まれるか分からない医師、薬剤師らは、あまりにも法的に無防備なのではないでしょうか−−。

 このような問題意識から、札幌医事法研究所の浅井登美彦氏を講師にお招きし、「まさかの時の医事紛争予防講座」を開設。これまでに1部12回、2部9回に渡って開講しました。今回からは、第3部「裁かれたカルテ」と題して、最近の判例を紹介し、日常診療で気をつけるべきことを探っていきたいと思います。皆様のご意見をお待ちしております。

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 看護師から抗生剤の点滴を受けた患者が点滴開始直後にアナフィラキシーショックで死亡。医師にあらかじめ看護師に対し投与後の経過観察を十分に行うことなどの指示をすべき注意義務を怠った過失があるとされた。

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出典:判例 2004年9月7日 第三小法廷判決

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事例概要

◆ A病院でS状結腸がん除去手術を受けた患者が、手術後、A病院で点滴による静脈注射により継続的に抗生剤を投与されていた。そこで、新たな抗生剤が投与された直後に、呼吸困難その他薬物ショック性の各症状を発症して、約3時間後に急性循環不全のため死亡した。

◆ このため、患者の妻子らが、「患者が死亡したのは、主治医であったY医師が『抗生剤投与後の経過観察をすべき注意義務及び救急処置の準備をすべき注意義務』をそれぞれ怠った過失によるものである」などと主張。Y医師らに対し、債務不履行または不法行為による損害賠償を求めていた。

◆ 原審(高等裁判所)で確定した事実関係の概要は次の通り。

 患者は、1990年7月19日、本件病院で診察を受け、注腸造影検査を受けた結果、S状結腸がんと診断され、同年8月2日、本件病院に入院し、Y医師が主治医となった。

 患者は、受診の際、「申告事項」と題する書面の「異常体質過敏症、ショック等の有無」欄の「抗生物質剤(ペニシリン、ストマイ等)」の箇所に丸印をつけて提出。また、入院時には、本件病院の看護師に対し、風邪薬でじんましんが出た経験があり、青魚、生魚でじんましんが出るなどと告げた。

 Y医師は、上記書面の記載内容を見た上で問診を行った。その際、患者から、薬物アレルギーがあり、風邪薬でじんましんが出たことがあるなどと申告を受けた。

 これに対し、Y医師は、風邪薬とは、抗生物質の使用されていない市販の消炎鎮痛剤のことであろうと解釈し、患者に対し、具体的な薬品名等、申告に係る薬物アレルギーの具体的内容、その詳細を尋ねることはしなかった。

 患者は、同月8日、Y医師の執刀により、本件手術を受けた。

 Y医師は、手術後の感染予防を目的として、手術直後から、第二世代セフェム系抗生剤であるパンスポリンおよび第三世代セフェム系抗生剤であるエポセリンを、いずれも皮膚反応による過敏性試験の結果が陰性であることを確認した上で投与した。

 手術後8日目の同月16日、本件手術のふん合部に留置したドレーンに便汁様の排液が認められ、小縫合不全と診断された。

 同月21日、Y医師は、起炎菌の同定及び起炎菌に対する抗生物質の感受性を調るため、上記ドレーンからの分泌物を細菌培養検査に出した。

 同月23日及び24日には、患者に38度ぐらいの発熱が認められたことから、縫合不全の炎症が持続していると考えられた。また、上記各抗生剤の投与が2週間以上となり、菌交代現象等により縫合不全部の炎症に対する上記各抗生剤の効果が低下している可能性があることから、Y医師は、抗生剤を変更する必要があり、合成ペニシリン系のペントシリンと第三世代セフェム系のベストコールを併用して投与するのが適当と判断した。そして、患者に対する上記各抗生剤の過敏性試験が行われ、いずれも陰性と判定された。

 同月25日午前10時、患者に対してペントシリン2gとベストコール1gが点滴静注により投与された。このとき患者に異常は認められなかった。

 同日昼に前記細菌培養検査の結果が判明し、4種類の菌が確認された。この結果によると、ベストコールは2種の菌に、ペントシリンは3種の菌に感受性が認められたが、テトラサイクリン系抗生剤のミノマイシンは4種の菌すべてに感受性があることから、薬剤変更の緊急の必要性はなかったものの、Y医師は、ベストコールをミノマイシンに変更するのが適切であると判断し、これと殺菌力を有するペントシリンとを併用することとし、同日夜の投与分からペントシリンとミノマイシンの投与を開始することとした。

 なお、ミノマイシンは、過敏性試験をしても、アレルギーの有無にかかわらず反応が現れる薬剤とされていることから、過敏性試験は行われなかった。

 同月25日午後10時、本件病院のC看護師は、患者の病室に入り、ペントシリン2g及びミノマイシン100mgの点滴静注を開始し、その直後の午後10時2分ころ、点滴静注開始による患者の状態の変化の有無等の経過観察を十分に行わないで病室から退出した。

 なお、上記の本件各薬剤の投与に際し、Y医師から、C看護師に対し、投与方法、投与後の経過観察等についての格別の指示はなかった。

 この点滴静注を開始して数分後、患者は、うめき声を上げ、妻に対して、点滴の影響で苦しくなったので、看護師を呼ぶように求め、妻はナースコールをした。

 D看護師は、看護師の詰所で上記ナースコールを聞き、午後10時10分に患者の病室に入った。D看護師は、患者から、気分が悪く体がピリピリした感じがするという言葉を聞き、さらに、妻から、先の薬剤を投与してから異常が現れたと告げられたため、薬剤の投与を中止し、後から患者の病室に入って来たC看護師に患者の様子をみておくように伝えた上で、当直医のE医師を呼びに行き、午後10時15分、E医師に連絡した。

 E医師が病室に到着するまでの間、C看護師は、患者から気分が悪いと言われたため、背中をさすって様子を見ていたところ、患者は「オエッ」というような声を何回か発した後、白目をむいた。

 その後、E医師とD看護師が病室に到着したが、その時点で、患者は既に意識がなく、顔面にチアノーゼが出ている状態で、ほぼ呼吸停止かつ心停止の状態だった。E医師は、アンビューバッグを用いるなどして人工呼吸を行い、看護師が心臓マッサージを行った。E医師は、当直医のF医師の応援を求め、F医師は、約1分後に患者の病室に到着した。この時、患者は、1分間に10回深呼吸をする状態だった。

 午後10時30分に、E医師が気管内挿管を試みたが、こう頭浮しゅが強かったため挿管することができず、F医師がこう頭せん刺を行い、午後10時40分に気管内挿管がされたが、そのころ、呼吸停止、心停止が確認され、午後10時45分から強心剤であるアドレナリン(ボスミン)等が投与され、人工呼吸及び心臓マッサージが続けられたが、翌26日午前1時28分、患者の死亡が確認された。

 結局、患者の死因は、点滴静注により投与された薬剤のいずれかまたは双方の作用に基づくアナフィラキシーショックによる急性循環不全であると認定された。

◆ 判決では抗生剤について、その使用上の注意を再確認している。以下がその内容である。

 ペントシリンの添付文書(能書き)には、使用上の注意として以下が記されている。
1.ショックが現れるおそれがあるので、十分な問診を行うこと
2.ショック発現時に救急処置が執れるように準備をしておくこと
3.投与後、患者を安静の状態に保たせ、十分な観察を行うことと
4.ペントシリンの成分によるショックの既往症のある患者には投与しないこと
5.ペントシリンの成分またはペニシリン系抗生物質に対し過敏症の既往歴のある患者には原則として投与せず、特に必要とする場合には慎重に投与すること
6.セフェム系抗生物質に対し過敏症の既往歴のある患者や気管支ぜん息、発しん、じんましん等のアレルギー反応を起こしやすい体質を有する患者には慎重に投与すること
7.副作用として、まれにショック症状を起こすことがあるので、観察を十分に行い、不快感、口内異常感、ぜん鳴、めまい、便意、耳鳴等の症状が現れた場合には投与を中止すること
8.ときに、発熱、発しん、じんましん、そうよう、また、まれに浮しゅ等の過敏症状を起こすことがあるので、これらの症状が現れた場合には、投与を中止し、適切な処置を行うこと

 一方、ミノマイシンの添付文書(能書き)には、使用上の注意として、既往にテトラサイクリン系薬剤に対する過敏症を起こした患者には投与しないこと、副作用として、まれにショック症状を起こすことがあるので、観察を十分に行い、不快感、口内異常感、ぜん鳴、めまい、便意、耳鳴等の症状が現れた場合には投与を中止し、適切な治療を行うこと、まれに発熱、発しん、じんましん、光線過敏症、浮しゅ(四肢、顔面)等の症状が現れることがあるので、このような症状が現れた場合には投与を中止し、適切な処置を執ることと記載されている。

◆ 判決では、アナフィラキシーショックに関する医学的知見は次の通りと明記している。

 アナフィラキシーショックは、体内のIgE抗体と抗原との反応によって生ずるものであり、原因物質としては、抗生剤等の薬剤のほか、動物毒や食品によるものがあり、抗生剤では、ペニシリン系のペントシリン、テトラサイクリン系のミノマイシンのいずれもがショック発症の原因物質となり得るとされている(ペントシリンの方がショックの発生頻度が高い)。

 ぜん息、アトピー等のアレルギー性疾患を有する患者の場合には、抗生剤等の薬剤の投与によるアナフィラキシーショックの発症率の上昇が見られる。

 薬物によるアナフィラキシーショックは、前駆症状として、口中異常感、悪寒、しびれ感等が起こり、次に血圧の低下、こう頭浮しゅ、呼吸困難等に至るものであって、急激に発症し、しばしば急速な症状の進展が見られる。薬剤が静脈内に投与された場合のアナフィラキシーショックは、ほとんどが5分以内に発症するものとされている。

 アナフィラキシーショックが発症すると、病変の進行が急速であることから、薬剤の投与後に十分に経過観察を行い、初期症状をいち早く察知し、治療をできるだけ早期に行うことが大切であり、アナフィラキシーショック発症後5分以内に救急処置を執ったか否か及びその内容により予後が大きく左右されるとされている。

 そして、救急治療としては、まず原因となった薬剤の投与を中止するとともに、気管内挿管や気管切開により気道を確保し、更に静脈路を確保し、輸液やアドレナリンなどの投与を行う等の措置を迅速に執る必要があるとされている。

◆ 原審(高等裁判所)では、こうした事実認定から次の通り判断。上告人らの請求を棄却すべきものとした。

 1)各薬剤の投与は、従前から投与していた抗生剤の一部を変更したものにすぎず、それまでの抗生剤の投与によって患者に異常が現れた形跡がなかったこと、本件各薬剤の投与に当たって薬剤の一部変更があったものの、本件各薬剤の投与によってショックが発症する確率は極めて低いこと、本件病院においては、夜間に当直の医師及び看護婦を複数配置していたことを考慮すると、本件各薬剤の投与に際して本件病院の医師または看護師が患者に付き添って経過観察を行うべき注意義務があったとまでいうことは困難であり、上記医師等に、上記注意義務を怠った過失があるとは言えない。 

 2)E医師は、患者の病室に駆けつけるや直ちにアンビューバッグによる人工呼吸を開始しているのであり、また、F医師が行ったこう頭せん刺により気道が確保されてからは、直ちにボスミン等の投与が行われているのであるから、上記両医師の患者に対する救急措置に過誤があったということもできない。

◆ しかしながら、最高裁は「原審の上記判断は是認することができない」と判断した。その理由は次の通りである。

 前記の事実関係によれば、次のことが明らかである。

 1)本件各薬剤は、いずれもアナフィラキシーショック発症の原因物質となり得るものであり、本件各薬剤の各能書きには、使用上の注意事項として、そのことが明記されており、抗生物質に対し過敏症の既往歴のある患者や、気管支ぜん息、発しん、じんましん等のアレルギー反応を起こしやすい体質を有する患者には、特に慎重に投与すること、投与後の経過観察を十分に行い、一定の症状が現れた場合には投与を中止して、適切な処置を執るべきことが記載されている。

 2)患者は、受診の際に提出した前記申告書面及びY医師による問診において、薬物等にアレルギー反応を起こしやすい体質である旨の申告をしており、Y医師は、その申告内容を認識していながら、患者に対し、その申告に係る薬物アレルギーの具体的内容、その詳細を尋ねることはしなかった。

 3)本件手術後、患者に対しては、抗生剤が継続的に投与されてはいたが、本件のアナフィラキシーショック発症の原因となった前記点滴静注において投与された本件各薬剤のうち、ミノマイシンは初めて投与されたものであり、ペントシリンは2度目の投与であった。

 4)医学的知見によれば、薬剤が静注により投与された場合に起きるアナフィラキシーショックは、ほとんどの場合、投与後5分以内に発症するものとされており、その病変の進行が急速であることから、アナフィラキシーショック症状を引き起こす可能性のある薬剤を投与する場合には、投与後の経過観察を十分に行い、その初期症状をいち早く察知することが肝要であり、発症した場合には、薬剤の投与を直ちに中止するとともに、できるだけ早期に救急治療を行うことが重要であるとされている。特に、アレルギー性疾患を有する患者の場合には、薬剤の投与によるアナフィラキシーショックの発症率が高いことから、格別の注意を払うことが必要とされている。

 5)Y医師は、本件各薬剤を患者に投与するに当たり、担当の看護師に対し、投与後の経過観察を十分に行うようにとの指示をしておらず、アナフィラキシーショックが発症した場合に迅速かつ的確な救急処置を執り得るような医療態勢に関する指示、連絡もしていなかった。そのため、本件各薬剤の点滴静注を行ったC看護師は、点滴静注開始後、患者の経過観察を行わないで、すぐに病室から退出してしまい、その結果、アナフィラキシーショック発症後、相当の間、本件薬剤の投与が継続されることとなったほか、当直医による心臓マッサージが開始されたのは発症後10分以上が経過した後であり、気管内挿管が試みられたのは発症後20分以上が経過した後、アドレナリンが投与されたのは発症から約40分が経過した後であった。

◆ これらの認定の元で判決は、「Y医師が、薬物等にアレルギー反応を起こしやすい体質である旨の申告をしている患者に対し、アナフィラキシーショック症状を引き起こす可能性のある本件各薬剤を新たに投与するに際しては、Y医師には、その発症の可能性があることを予見し、その発症に備えて、あらかじめ、担当の看護師に対し、投与後の経過観察を十分に行うこと等の指示をするほか、発症後における迅速かつ的確な救急処置を執り得るような医療態勢に関する指示、連絡をしておくべき注意義務があり、Y医師が、このような指示を何らしないで、本件各薬剤の投与を担当看護婦に指示したことにつき、上記注意義務を怠った過失があるというべきである」と断じた。

◆ 結局、最高裁は、「Y医師には、上記注意義務を怠った過失があるから、原判決は破棄を免れない」として、「上記過失と患者の死亡との間の因果関係の有無等についてさらに審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする」と結論付けた。

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