2004.06.14

【インタビュー】東京電力技術開発本部技術開発研究所・河野龍太郎氏 「患者中心の医療」から「人間中心の医療」へ 

 日経メディカル7月号の特集では、「ミスを呼ぶ 言い方・書き方」と称し、医療ミスの原因を分析し、様々な医療機関の対策をまとめた。だが、原子力発電所や航空機など、医療と同様にミスが許されない業界ではどのような対策が行われているのか。航空機や原子力発電所の安全対策を考えてきた、東京電力技術開発本部技術開発研究所ヒューマンファクターグループ特別研究員の河野龍太郎氏に、他の業界からみた医療業界の安全対策の現状について話を聞いた。

――医療にかかわるようになった経緯は。

河野 医療の質を考えていく「医療のTQM実証プロジェクト(NDP:http://www.ndpjapan.org/)」で中心的な役割を務める、東京大学大学院工学系研究科化学システム工学教授の飯塚悦功氏から、私が所属する技術開発研究所に産業界としての参加に声がかかったのがきっかけです。私は航空管制官を務めた後、東京電力に移り、ヒューマンエラーの研究を続けてきたのですが、医療をかかわったのは約3年前にそのプロジェクトへの参加したのが初めてです。医療の専門家ではないですし、あくまでヒューマンファクター工学の立場から意見を述べているにすぎません。

 ただ、ヒューマンエラーを研究してきた立場として、初めて医療を見て感じたことは、とにかく安全のための管理が遅れているということ。人が介在すればするほど、エラーの可能性は高くなります。医療は多くの人の介在なしには存在し得ないことに加えて、常に緊急状況にあるようなものです。だからこそ、徹底的な管理が必要なのです。医療裁判もミスを犯した個人ではなく、もっと管理の責任を問うようになっていかなければいけないと思います。

――具体的にはどのような部分が問題なのでしょうか。

河野 似たような薬が多く、標準化も進んでいません。ミスを解析する場合も、個人の問題と考えており、システムに問題があるという考え方が普及していません。同じような外観の容器に複数の薬剤が入っていれば、システムから考えれば事故が起こって当然なのに、そうは考えない。注意すればエラーは防止できると考えている。だから何かがあったときに、その発見や対策などの防御策が極めて弱い。

 以前は航空業界でも同様に、墜落した場合には事故を起こした操縦士が悪いとされてきました。ですが、きちんと分析してみると、例えば計器が見にくいことや間違えやすいスイッチが隣り合わせに並んでいることが原因だと分かった。また、航空管制では、「テイクオフ」などの重要な言葉は使う場面もきちんと規定されており、その言葉を使う側も受ける側もどのような場面で使うかを認識した上で使っています。人間は、見るもの、聞くものを、どうしても自分の文脈の中で都合のいいように解釈してしまう動物なのです。それを認識した上で、解決策を考えている。

 このような点を解消するために、医療のTQM実証プロジェクトでは、NASAのリサーチも参考に医療安全に取り組んでいます。このリサーチは飛行機のチェックリスト作成のためのポイントを10数個にまとめたもので、医療のためのものではないのですが、そもそも医療では初めての試みで前例がありません。

――医療ミスの分析に、mSHELモデルを改良して活用されています。

河野 mSHELモデルとは、ヒューマンファクター工学の説明モデルの一つで、管理(Management)、ソフトウエア(Software)とハードウエア(Hardware)、環境(Environment)、人間(Liveware)の要素からミスの分析をします。

 医療においては、ソフトウエアとはカルテや略語など、ハードウエアとは医療機器のインターフェース、環境は病棟環境などに当たります。私は、医療ではそれに加えて患者(Patient)の要素も考える必要があると考え、p-mSHELLモデルを提唱しました。エラーが起きた際に、それぞれの観点から問題点を整理していく訳です。

 このような考え方はまだ広まっていませんが、仮に導入していても、多くの医療機関では最終的に個人に落とし込んでしまい、システム的に考えられていないのではないでしょうか。当直明けに手術をしなければいけない現状では、事故が起こって不思議ではないのです。

――それでは安全には金がかかる。

河野 かかるでしょう。ですが、過酷な医療の最前線の現状を、国民はまだ十分に知らないのです。事実、私もNDPに入るまで知りませんでした。

 「患者中心の医療」という言葉は私は誤りだと思っています。「患者」ではなく「人間」が中心でなければいけない。医師も不完全だし、疲れる。疲れればミスを起こす。また、患者の無理な要求には反発して当然です。そのようなことを、国民にももっと周知し、患者も医療安全に協力してもらうべきでしょう。

 シュミレーションも必要です。医療では患者で経験をつませる。ですが、安全の面から考えれば、腰椎穿刺や注射など、シミュレーターなどを利用して、たくさん失敗して、ミスがなくなるまで訓練を行ってから実際に行うべきです。はじめはそのシミュレーターは“ちゃち”なものでいいのです。航空機や原子力発電所のシュミレーション装置も、当初は“ちゃち”でしたが、今は本物と寸分たがわないものが可能になっています。

 また、安全のためにはIT(情報技術)化を進めて、できるだけ人間が介在しないで済むシステムを構築する必要があるでしょう。しかしながら、IT化には金がかかる。国ももっとインタフェースなどの標準化を進めると同時に、補助金を付けるべきでしょう。さらに言えば、国が基本となる部分を標準化し、無料でソフトウエアを配付していけばいい。

 一方、医療機関側も身の丈にあった情報システムを導入していくべきです。1000床規模の病院でも、企業規模としては中小企業です。なのに、独自のシステムを構築しようとするのは難しいのではないでしょうか。うまくパッケージソフトウエアを活用していくべきです。もちろん、このパッケージはヒューマンファクターを十分考慮したものでなければなりません。
(聞き手:山崎大作、日経メディカル

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