2004.02.12

【インタビュー】 信州大学医学部保健学科教授の小林隆夫氏に聞く 肺塞栓症の予防ガイドラインまとまる 「疾患、年齢、危険因子に応じた対策を推奨」

 院内で発生する致死性の肺塞栓症の急増に対応するため、日本血栓止血学会など10学会がこのほど合同で「肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン」をまとめた。疾患や年齢、危険因子などからリスクレベルを低、中、高、最高の4段階に分類。低リスク群には早期離床や運動を、中〜高リスク群には弾性ストッキングや間欠的空気圧迫法を、最高リスク群には抗凝固療法を推奨した。

 ガイドラインの作成に当たった信州大学医学部保健学科教授の小林隆夫氏に、肺塞栓症の現状やガイドラインのポイントなどについて聞いた。ガイドラインの概要は、日本血栓止血学会のホームページで、関連記事は日経メディカル2月号で掲載している。

−−ガイドライン作成の目的は。

 手術後の突然死の原因や旅行者血栓症(エコノミークラス症候群)に代表される肺塞栓症、その原因となる下肢の深部静脈血栓症は、従来、日本人では比較的まれだと考えられていたが、実はここ10年ぐらいで急速に増えていることが分かってきた。肺塞栓症は予防すべき重要な疾患であることを、医療従事者、患者双方がしっかり認識してほしい。そのためのガイドラインだ。

−−わが国で肺塞栓症や深部静脈血栓症が増えている背景は。

 肺塞栓症の多くは深部静脈血栓症から遊離した血栓により起きている。血栓症を起こしやすい要因には大きく分けて、アンチトロンビン欠損症や活性化プロテインC抵抗性などの遺伝的な素因と、肥満体質などの後天的素因とがある。欧米の人々に比べ、日本人にはそうした遺伝的素因が少ない上、粗食だったため、確かに昔はまれだった。しかし近年、高脂肪食の多量摂取など食生活習慣の欧米化や、長時間の大手術が増えるに伴い状況が大きく変わってきた。

 中でも肥満は、大きな危険因子だ。肥満になると、血管壁の損傷が進みやすい上、運動を怠りがちになるため、足の静脈の血液を心臓に戻す下腿筋のポンプ機能や呼吸機能が低下し、血栓が生じやすくなる。そうした血栓素因を持つ人が、手術操作により静脈領域の血管傷害を受けたり、術後の臥床で血液がうっ滞したりすると、血栓症のリスクがさらに高まる。いったん肺塞栓症を起こしてしまった場合、死亡率は約2割と予後不良だ。

 実際、日本麻酔科学会が844の施設を対象に2002年に調査した結果、1年間に208施設で369例の肺塞栓症が周術期に発生し、うち66人(17.9%)が死亡していた。また、外科、産婦人科、泌尿器科で開腹手術予定の217例を対象にした別の多施設前向き調査では、肺塞栓症の原因となる下肢深部静脈血栓が約25%の人に認められた。

 そこで、日本血栓止血学会と肺塞栓症研究会が中心となって、静脈血栓塞栓症予防ガイドライン作成委員会が2001年11月に発足し、最終的に日本産科婦人科学会、日本整形外科学会、日本麻酔科学会、日本集中治療医学会、日本静脈学会、日本心臓病学会など8学会から推薦された計25人の専門家を交えてガイドラインの作成が進められた。同委員会では、米国胸部疾患学会(ACCP)などの欧米の予防ガイドラインを参考にするとともに、国内の疫学データをできる限り収集し、現時点で日本人に最も妥当と考えられる予防法を提示した。

−−ガイドラインのポイントは。

 一般外科手術、泌尿器科手術、婦人科手術、産科、整形外科手術、脳神経外科手術、重度外傷、脊髄損傷、熱傷、内科といった領域ごとに、疾患や手術内容、年齢、危険因子からリスクレベルを、低、中、高、最高の4段階に分類し、各レベルに応じた具体的な予防策を推奨した。

 低リスク群に対しては、早期から下肢の運動やマッサージを積極的に行い、早期離床を促した。中リスク群には、圧迫力のある弾性ストッキングの着用、またはフットポンプによる間欠的空気圧迫法を勧めた。癌の大手術など高リスク群に対しては、間欠的空気圧迫法、または8時間もしくは12時間ごとの低用量未分画ヘパリン5000単位の皮下注射を有効とした。さらに、静脈血栓塞栓症の既往がある大手術など最高リスク群では、低用量未分画ヘパリンと間欠的空気圧迫法などを併用すべきだとした。ただし、低用量未分画ヘパリンは出血の副作用があるため、術後は出血の合併症の危険性が低くなってから開始したり、投与量を減らしたりすべきだとしている。

 いずれの予防法の施行時にも、予防法施行による合併症について患者に十分に説明し、特に抗凝固療法は、出血に伴う合併症についてインフォームド・コンセントを得た上で行う必要がある。

−−ACCPなど欧米の予防ガイドラインに比べると、抗凝固療法の使用の比重が低いようだが。

 わが国では、未分画ヘパリンと同程度の効果を持ち、出血リスクの低い低分子量ヘパリンが保険適用になっていないことや、静脈血栓塞栓症の頻度が欧米ほど高くなく、また予防策への認識が低い現状で、いきなり厳しい基準を設けても実効性に乏しいと判断したからだ。今回のガイドラインは、欧米のように入念に細部にわたって詳細に書かれたものではなく、今まで肺塞栓症の予防法を実施していなかった施設に対し、最低限これだけは行ってほしいという予防法を提示した。

 もちろん、これらの予防法を実行しても、肺塞栓症の発生はゼロにはできない。抗凝固療法を強化すれば、逆に出血などの合併症の危険性が高まる。ただし、適切な予防法を行えば、今までよりも半数以下に減らせるのは確かだ。合併症の危険がない新しい抗凝固薬の開発も進んでいる。今回の静脈血栓塞栓症予防ガイドラインを参考にして、静脈血栓塞栓症への認識を高めてもらい、各施設の実情に見合った適切な対策を、医師と患者双方の合意の下で講じてほしい。
(聞き手;大滝隆行、日経メディカル

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